不器男句集 芝不器男 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)空洞木《うつろぎ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)遠|退《ぞ》く [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数) (例)※[#「木+若」、第3水準1-85-81] ------------------------------------------------------- [#ここから2字下げ] 繭玉 [#ここで字下げ終わり] 谷水を撒きてしづむるどんどかな うまや路や松のはろかに狂ひ凧 筆始歌仙ひそめくけしきかな 松過や織りかけ機の左右に風 ぬば玉の閨かいまみぬ嫁が君 雪融くる苔ぞ※[#「木+若」、第3水準1-85-81]ぞ山始 繭玉に寝がての腕あげにけり 空洞木《うつろぎ》に生かしおく火や年木樵 [#ここから2字下げ] 苜蓿 [#ここで字下げ終わり] 下萌のいたくふまれて御開帳 巣鴉や春日に出ては翔ちもどり 畑打や影まねびゐる向ふ山 汽車見えてやがて失せたる田打かな 永き日のにはとり柵を越えにけり 椿落ちて虻鳴き出づる曇りかな 椿落ちて色うしなひぬたちどころ 白浪を一度かゝげぬ海霞 御灯のうへした暗し涅槃像 川淀や夕づきがたき楓の芽 さゝがにの壁に凝る夜や弥生尽 山焼くやひそめき出でし傍の山 春愁や草の柔毛《にこげ》のいちじるく 乞食のめをとあがるや花の山 三椏《みつまた》のはなやぎ咲けるうらゝかな 村の灯のまうへ山ある蛙かな たはやすく昼月消えし茅花かな 串竹にきしりて※[#「てへん+劣」、第3水準1-84-77]げし目刺かな まながひに青空落つる茅花かな 人入つて門のこりたる暮春かな 春浅し小白き灰に燠つくり 針山も紅絹うつろへる供養かな 草餅や野川にながす袂草 まのあたり天降《あも》りし蝶や桜草 山守のいこふ御墓や花ぐもり 前《さき》山の吹きどよみゐる霞かな 行春や宿場はづれの松の月 蘖に杣が薪棚荒れにけり 鳥の巣やそこらあたりの小竹《ささ》の風 水流れきて流れゆく田打かな 石楠花にいづべの月や桜狩 うまや路や鶯なける馬酔木山 うまや路の春惜しみぬる門辺かな 森かけてうちかすみたる門辺かな ふるさとや石垣歯朶に春の月 卒業の兄と来てゐる堤かな 春の雷鯉は苔被て老いにけり 春雪や学期も末の苜蓿 奥津城に犬を葬る二月かな 松籟にまどろむもある遍路かな 中二階くだりて炊ぐ遍路かな 鞦韆の月に散じぬ同窓会 風早の檜原となりぬ夕霞 遍路宿泥しぶきたる行燈かな 古雪や花ざかりなる林檎園 早春や鶺鴒きたる林檎園 機窓や打たるゝ蝶のふためき来 飼屋の灯母屋の闇と更けにけり 白藤や揺りやみしかばうすみどり 畑打に沼の浮洲のあそぶなり 杉山の杉籬づくり花ぐもり 板橋や春もふけゆく水あかり 落椿独木橋揺る子はしらず [#ここから2字下げ] 山霧 [#ここで字下げ終わり] 麦車馬におくれて動き出づ 向日葵の蕋を見るとき海消えし [#ここから4字下げ] 日光遊草四句 [#ここで字下げ終わり] 樺の中奇しくも明き夕立かな 枯山を断つ崩《く》え跡や夕立雲 蓬生に土けぶり立つ夕立かな 滝音の息づきのひまや蝉時雨 [#ここから4字下げ] 中禅寺湖より戦場ケ原への途上 [#ここで字下げ終わり] 山霧や黄土《はに》と匂ひて花あやめ [#ここから4字下げ] 戦場ケ原三句 [#ここで字下げ終わり] 隠沼は椴《とど》に亡びぬ閑古鳥 虚国《むなぐに》の尻無川や夏霞 郭公や国の真洞《まほら》は夕茜 風鈴の空は荒星ばかりかな 桑の実や馬車の通ひ路ゆきしかば 駅路や麦の黒穂の踏まれたる ころぶすや蜂腰《すがるごし》なる夏痩女 籬根をくゞりそめたり田植水 大雨に鏡も濡れし田植かな 沢の辺に童と居りて蜘蛛合 干※[#「巾+廚」、第4水準2-12-1]に睡たき蛇の来りけり 朝ぼらけ水隠る螢飛びにけり 花うばらふたゝび堰にめぐり合ふ 月雲をいづれば燃ゆる蚊遣かな さきだてる鵞鳥踏まじと帰省かな 岩水の朱きが湧けり余花の宮 山の蚊の縞あきらかや嗽 桔梗や褥干すまの日南ぼこ 蝉時雨つく/\法師きこえそめぬ 苔の雨かへるでの花いづこゆか 楓のしゞの垂花いつかなし 山青しかへるでの花ちりみだり [#ここから2字下げ] 碧玉 [#ここで字下げ終わり] 柿もぐや殊にもろ手の山落暉 摺り溜る籾掻くことや子供の手 新藁や永劫太き納屋の梁 蓑虫の鳥啄ばまぬいのちかな [#ここから4字下げ] 鳴子温泉 [#ここで字下げ終わり] 夜長さを衝きあたり消えし婢かな 川蟹のしろきむくろや秋磧 泥濘におどろが影やきりぎりす [#ここから4字下げ] 日光遊草 [#ここで字下げ終わり] 山が門や照れば遠|退《ぞ》く秋の嶺呂 ふるさとを去ぬ日来向ふ芙蓉かな 浸りゐて水馴れぬ葛やけさの秋 ひやゝかや黍も爆ぜゐる夕まうけ [#ここから4字下げ] 郷を出づることのさしせまるにそのまうけごとのくさ/″\もおい母にまかせきりなりければ、ある夜 [#ここで字下げ終わり] 秋の夜のつゞるほころび且つほぐれ [#ここから4字下げ] 二十五日仙台につく みちはるかなる伊予の我が家をおもへば [#ここで字下げ終わり] あなたなる夜雨の葛のあなたかな ひねもすの山垣曇り稲の花 稲原の吹きしらけゐる墓参かな 籾磨や遠くなりゆく小夜嵐 秋ゆくと照りこぞりけり裏の山 薪積みしあとのひそ音や秋日和 [#ここから4字下げ] 蔦温泉附近牧場 [#ここで字下げ終わり] 秋晴やあえかの葛を馬の標《しめ》 [#ここから4字下げ] 蔦温泉 [#ここで字下げ終わり] あちこちの祠まつりや露の秋 わかものゝ妻問ひ更けぬ露の村 鮎落ちて水もめぐらぬ巌かな うちまもる母のまろ寝や法師蝉 蜻蛉やいま起つ賤も夕日中 [#ここから4字下げ] 生保内といへるみちのくの山村にやどかればはからずもゼススをろがむ旧家なり [#ここで字下げ終わり] はゞかりてすがる十字架《クルス》や夜半の秋 夕ざれば戸々の竈火や啄木鳥 ゆく秋を乙女さびせり坊が妻 鴉はや※[#「口+亞」、第3水準1-15-8]々とゐるなり菌狩 落栗やなにかと言へばすぐ木魂 ふるさとの幾山垣やけさの秋 石塊ののりし鳥居や法師蝉 窓の外にゐる山彦や夜学校 沈む日のたまゆら青し落穂狩 泳ぎ女の葛隠るまで羞ぢらひぬ 鵙来鳴く榛にそこはか雕りにけり みじろぎにきしむ木椅子や秋日和 つゆじもに冷えてはぬるむ通草かな 枯れつゝも草穂みのりぬ蝶の秋 桑原に登校舟つく出水かな つゆじもに冷えし通草も山路かな 学生の一泊行や露の秋 古町の路くさ/″\や秋の暮 栗山の空谷ふかきところかな 溝川の古花ながす墓参かな 岨に向く片町古りぬ菊の秋 風ふけば蠅とだゆなり菊の宿 落鮎や空山崩えてよどみたり 秋の夜の影絵をうつす褥かな 墓の門に塵取かゝる盆会かな よべの雨閾ぬらしぬ霊祭 溝川に花篩ひけり墓詣 銀杏にちり/″\の空暮れにけり 秋の日をとづる碧玉数しらず [#ここから4字下げ] 病室にて [#ここで字下げ終わり] かの窓のかの夜長星ひかりいづ 夜長星窓うつりしてきらびやか 蜻蛉や秀嶺の雲は常なけれ 野分してしづかにも熱いでにけり [#ここから2字下げ] 暖炉 [#ここで字下げ終わり] 鴨うてばとみに匂ひぬ水辺草 野路こゝにあつまる欅落葉かな 落葉すやこの頃灯す虚空蔵 枯野ゆくや山浮き沈む路の涯 枝つゞきて青空に入る枯木かな 枯木宿はたして犬に吠えられし 風立ちて星消え失せし枯木かな 水のめば葱のにほひや小料亭 冬ごもり未だにわれぬ松の瘤 日昃《ひかげ》るやねむる山より街道へ 北風や青空ながら暮れはてゝ 炭出すやさし入る日すぢ汚しつゝ 枯野はや暮るゝ蔀をおろしけり 凩や倒れざまにも三つ星座 桐の実の鳴りいでにけり冬構 凩に菊こそ映ゆれ田居辺り 大年やころほひわかぬ燠くづれ 大年やおのづからなる梁響 寒声や高誦のまゝの朝ぼらけ 旭にあうてみだれ衣や寒ざらへ 古草のそめきぞめきや雪間谷 八つどきの助炭に日さす時雨かな 研ぎあげて干す鉞や雪解宿 町空のくらき氷雨や白魚売 寒鴉|己《し》が影の上におりたちぬ 茶の花や畚の乳子に月あかり 団欒にも倦みけん木兎をまねびけり 座礁船そのまゝ暁けぬ蜜柑山 蜜柑山警察船の着きにけり 梟の目じろぎ出でぬ年木樵 燦爛と波荒るゝなり浮寝鳥 大舷の窓被ふある暖炉かな 一片のパセリ掃かるゝ暖炉かな ストーブや黒奴給仕の銭ボタン [#地から1字上げ]不器男句集 畢 底本:「現代日本文學大系95 現代句集」筑摩書房    1973(昭和48)年9月25日初版第1刷発行 底本の親本:「不器男句集」天の川遠賀支社    1934(昭和9)年2月発行 ※本句集は、宮崎九萬一氏により初版以来の誤りを正し、脱落の六句を補ってある。吉岡禅寺洞による序文及び横山白虹による跋文は省略した。 入力:小川春休 校正:(未了) 2009年2月23日公開