「原爆と峠三吉の詩」原爆展を成功させる広島の会

活動記録2006年





T、 原爆展など被爆体験を語りつぐ活動

(1) 原爆展
 @五日市原爆展(2月1日〜5日) 参観者1000人

   佐伯区での初めての本格的な原爆展となり、土日には親子連れの姿が数多く見
られました。会場では、被爆の体験や戦争体験とあわせて、米軍岩国基地への空
母艦載機移転問題や憲法改正、米国産牛肉輸入問題など、対米追随の日本の政
治への怒りがさまざまに語られ、被爆2世をはじめ、「なにかしたい」と協力を申し出
る人が相次ぎました。



 A宮島原爆展(4月11日〜13日) 参観者150人

  初めての原爆展を開催した宮島会場では、米軍岩国基地増強問題が生じてお
り、よそ事ではないとの思いが地元参観者に強くあらわれていました。


 B廿日市市民原爆展(5月24日〜28日) 参観者800人

  4回目をむかえた今回の原爆展には、行動を求める市民が多数来場。原水爆
の禁止と戦争反対の思いをつよめて、「アメリカ政府に原爆投下の謝罪を求める」
署名用紙を持ち帰る市民や、集めた署名を会場に届ける賛同者の方など、原水爆
禁止運動の輪が広がるすう勢を実感させるものでした。


 C広島大学内原爆展(6月28日〜7月1日) 参観者350人

  西条の広島大学中央図書館「地域交流プラザ」で開催。多くの学生がパネル一
枚、一枚をじっくり時間をかけて見、被爆者の話を真剣に聞いて帰りました。「生の
被爆体験が聞けて実感がもてた」「あらためて戦争を起こしてはならないと思った」
「戦争がなぜ起こるのか、どうしたらやめさせられるのか、我々若い世代の人間が
しっかり考えなければならない」といった感想と、大学での定期開催の要望がだされ
ました。


 D広島市民原爆展(7月31日〜8月7日) 参観者3500人

  北朝鮮のミサイル問題を契機に、「核基地への先制攻撃」や「経済制裁」が政府
やマスコミによって大騒ぎされるなか、下関と長崎の会の協力をえて、「アメリカは
核をかついで帰れ!」の大スローガンのもとにおこなわれた市民原爆展は、広島市
内を走り回った宣伝カーとあわせて、市民から大きな信頼と支持がよせられまし
た。現在の社会情勢に危惧を抱く次世代、子ども連れの若い人たちの行動を求め
る積極的な反応やアンケートへの記入など、多数の参観者の熱気と行動的な姿勢
を感じました。会場は、県内はもとより全国、世界から戦争反対の強い意識と行動
意欲をもって参観した若い世代と、二度と原爆や戦争を許さないという広島の被爆
者の気迫のこもった話しがひびきあい、熱のこもった交流の場となりました。


(2) 小中高生への被爆体験の継承

 2005年        (学校名)                          (証言者)

 ・11月10日 五日市観音中学校(広島)1年  被爆者3人

 2006年

 ・5月23日  大井小学校(萩)6年      被爆者9人

 ・5月26日  松崎小学校(防府)6年     被爆者9人

 ・5月26日  牟礼小学校(防府)6年     被爆者9人

 ・5月31日  井口台小学校(広島)6年    被爆者7人

 ・6月 2日  平生小学校(平生町)5年    被爆者9人

 ・6月 5日  井口台小学校(広島)4年    被爆者6人

 ・6月 6日  神原小学校(宇部)6年     被爆者7人

 ・6月14日  井口台小学校(広島)3年    被爆者8人

 ・6月15日  垢田小学校(下関)6年     被爆者8人

 ・6月22日  井口台小学校(広島)5年    被爆者8人

 ・6月27日  江波小学校(広島)4、5、6年  被爆者9人

 ・7月 3日  藤の木小学校(広島)3、4年  被爆者延8人

 ・7月 5日  藤の木小学校(広島)1、2年  被爆者延8人

 ・7月 7日  藤の木小学校(広島)5、6年  被爆者延8人

 ・10月12日 平野南小学校(大阪)6年    被爆者9人

 ・10月18日 治田東小学校(滋賀)6年    被爆者8人

 ・10月20日 初瀬小学校(奈良)6年     被爆者3人

 ・10月20日 掖上小学校(奈良)6年     被爆者3人

 ・10月25日 琴芝小学校(宇部)6年     被爆者7人


 広島への修学旅行では、春・秋あわせて11校(山口県、大阪府、滋賀県、奈良
県)の生徒に延べ72人の被爆者が体験を語り、地元広島でも五日市観音中学校、
井口台小学校、江波小学校、藤の木小学校で延べ65人の被爆者が体験を語りま
した。これまでは、全校生徒や大きな集団を対象に一人の被爆者が語るといった学
校でも、話しの内容の浸透には、小グループに分け、息づかいの感じられる近くで
話す方がより理解を得られるということで、学校にお願いしています。また、実際に
その方が効果があがっています。


 萩の大井小学校では、子どもたちが被爆者の話しを紙芝居にして、下学年の児童
や地域の人達に学んだことを発表しています。防府の牟礼小学校では、昨年の修
学旅行生が五年生に話しを伝え、その五年生が今年六年になってまた広島にきて
話しを聞き、下学年に伝えようとしています。奈良県の初瀬小学校では、聞いた話
を全校生徒に伝えようと、一一月二日に全校平和集会を開いています。


A被爆体験に学ぶ交流会

 現役世代と若い世代に被爆体験を継承し、平和運動の継続・発展をはかるため
に、定期的に開催してきました。中・高校生、大学生、30代〜40代の現役世代な
どが参加してきました。


2005年

 第1回 12月18日(青少年センター)高橋匡氏、真木淳治氏が証言
                                                                                 参加者14人


2006年

 第2回  2月12日(西区民文化センター)山本正子氏、真木淳治氏
                                                                                       参加者16人

  第3回  3月12日(三篠公民館)     佐々木忠孝氏       参加者15人


 第4回  4月30日(三篠公民館)      山本忠代氏        参加者14人

 第5回  5月28日(廿日市原爆展会場) 河野シズエ氏       参加者 9人

 第6回  6月25日(三篠公民館)      神名友枝氏        参加者18人

 第7回  9月24日(己斐公民館)      小林ふじ子氏       参加者15人

 第8回 10月22日(青少年センター)    井上和美氏        参加者12人

 毎回の交流のなかで、痛切な被爆体験、戦争体験に学びながら、昔のこととして
ではなく、現在の問題として次の世代にどう継承するのか、なぜ戦争がおきるの
か、どうしたら戦争をやめさせることができるのかという問題意識が活発に語り合わ
れてきました。徐々に若い人の参加が広がってきています。


U、原水爆禁止・平和運動、他団体との連携・協力

 @長崎市民原爆展(5月6日〜14日)2500人が参観

  長崎では「祈りの長崎」の虚構を打ち破って昨年はじめて「原爆と峠三吉の詩」
原爆展が開かれ、市民のうっ積した怒りが語られはじめました。今年も、昨年に続
いて開催された長崎市民原爆展には、下関、長崎の会とともに、主催団体の一角
に名前を連ね、5月14日に会場で長崎の被爆者との交流会をおこないました。広
島の会から5人が参加。閉会式には堀一三氏が参加して挨拶しました。


 Aジョー・ハンキンズ氏の家族と交流(6月10日)

   山本志津子氏が体験を語り、交流しました。ジョー・ハンキンズ氏は2年前、メル
パルクでの原爆展を初めて参観し、被爆者との対話に感銘。原爆展パネルを購入
し、シカゴ大学の図書館で3ヶ月にわたり原爆展を開催しました。今年、両親と教員
である妹と四人で来広、3時間にわたり会員の被爆者と交流。旅行中一番収穫が
あった、両親も感銘を受け、涙を流していたと述べています。 今年の広島市民原
爆展にも参加、通訳として献身的に働いてくれました。


 B広島に学ぶ小中高生平和の旅(8月5日)

  毎年恒例となっている「第7回広島に学ぶ小中高生平和の旅」を後援し、小中高
生126人にたいして被爆者、会員18人が体験を語りました。長崎からも被爆者2
人が参加。小中高生は、気迫のこもった被爆者の話を深いところで受けとめ、自分
たちが何かしなければいけない、頑張ろうと決意を固めました。


 C全国被爆者交流会(8月5日)30人が参加

 下関原爆被害者の会と広島の会が呼びかけて、メルパルクの広島市民原爆展会
場で開催。下関、長崎、沖縄、東京など全国の被爆者と交流。これまでの取り組み
を互いに交流し、原水爆戦争の危機が迫る中で運動を広げていく意義が語り合わ
れました。長崎の被爆者からは、長崎の会がたちあげられ、地域での原爆展が開
催されるなど取り組みが始まっていることが語られ、下関からは「原爆と下関空襲
展」を取り組み大きな反響があった経験がだされ、「原爆だけでなく、戦地に行った
人、銃後を守った人たちもみんな同じ思いだということをしみじみ思った。これから
は原爆、戦争体験者、銃後を守った人みんなと歩調をあわせてがんばっていきた
い」と語られました。東京からは、「被爆者は悲惨な思いをしてきているが、悲惨さを
つたえるだけでなく、負けることがわかっていて広島の一般の人が生活している町
のまんなかに落としたアメリカの犯罪性と戦争を引き延ばした日本政府の責任をは
っきりと伝えていかないといけない」と語られました。


 D原水爆禁止広島集会(8月6日)600人が参加

  「アメリカは核を持って帰れ」のスローガンを前面に掲げておこなわれた今年の
八・六広島集会は広島市民の圧倒的な支持をうけ、広島・長崎の被爆市民の本当
の声を受け継ぐ若い世代の登場とあいまって、今後の運動への展望をしめすものと
なりました。それは、全国、世界から集まった人々に新鮮な印象をあたえるものとな
りました。


 会からは、副会長の高橋匡氏が、「原爆で潰されたわれわれ被爆者は、聖地であ
る広島の上を米軍機が飛び回ることには耐えられない屈辱を覚えている。そのよう
なことから基地設置には大いに反対していきたい。アメリカは今でも一方的な戦争
をしているが、世界に本当の平穏がやってくるのだろうか。核廃絶はまずアメリカか
らやりなさい。そして謝罪とともに実行してほしいと思う」と発言しました。昨年の市
民原爆展を契機に入会した現役世代の宇田浩規氏は、原爆展を通じて「戦争終結
のために原爆が使用されたということがウソであったこと、沖縄戦で日本軍が悪か
ったとの 宣伝にアメリカ軍がそれ以上に悪かった真実が隠されていたことを知り、
愕然とした」とのべ、「被爆体験を繰り返し聞いて受け継ぎ、なんとしても戦争をくり
かえさせないようにしなければならない」「今回の広島市民原爆展のスローガン”ア
メリカは核を持って帰れ!”は私たちの怒りを力強く表現しているうえに、参観者や
世界中の平和愛好者とも共通の要求だ。これからも”アメリカは核を持って帰れ”の
声が高まるように粘り強いたたかいが求められると思う」と発言しました。


 協力者のアメリカ人のジョー・ハンキンズ氏も、原爆展を見、被爆体験を聞いて、
アメリカの原爆投下は本当に許せないと思ったこと、「原爆のことをアメリカ国民に
きちんと知らせる責任を果たすために一緒に頑張っていきたい」と発言しました。  


 E「平和の担い手を育てる子ども、父母、教師の集い」(下関、8月26日)

  350人が参加

   恒例となっている子ども、父母、教師の集いに会から6人が参加しました。小中
高生平和の会の 子どもたち六十数人が構成詩を発表し、広島に学ぶ平和の旅で
学んだことや、毎月の平和教室で漁 師や市場で働く人たちに学んだ経験を報告し
ました。萩市大井小学校の6年生10人は、修学旅行で聞いた真木淳治氏の話を
絵と文章にした紙芝居を発表。会からは副会長の真木淳治氏が発言し、会の活動
を紹介して「原爆や戦争は絶対にだめだということを声を大にしていえる人になって
いただきたい」と訴えました。


 F礒永秀雄詩祭(下関、10月8日)850人が参加

  戦地での痛恨の体験を基礎に、戦争で殺された幾多戦友のために、生き残った
者の使命として真 の平和を追求した詩人・礒永秀雄の没30周年を記念しておこ
なわれた礒永秀雄詩祭に広島の会から九人が参加。戦争体験者の心からの叫び
として朗読がおこなわれ、広島からも会員で戦争体験者でもある松田政榛氏が詩
「虎」を朗読しました。


ページ先頭へ 前へ 次へ 末尾のページ