ハルヤスミ句会 第百二十五回

2011年3月

《 句会報 》

01 薄氷の上なる水のふるへをり   春休(順・華・て・は・佳・あ・鋼)

02 息つくや腰を浮かせて官女雛   波子(鋼)

03 料亭の上がり框に春火鉢     山渓

04 大石忌厨の隅にねずみ捕り    忠義(鋼)

05 大石忌何か未来が待ち遠し    順一

06 恋猫や理性の閂はずす音     益太郎

07 啓蟄や声より寝息佳きをとこ   てふこ(忠・益・波・春)

08 ご近所の一人暮らしや屋根雪崩  つよし

09 雛まつり抜けさうな歯を見せくるる 春休(海・華)

10 一村を包み込みたる春の空    海音(◎山)

11 「一座」なる祝いめでたく春灯火 あたみ

12 囀りの空へかざすや抜けたる歯  春休(順・は)

13 ここからは仮面脱ぎ捨て青き踏む 益太郎(は・あ)

14 父の出し電話にぎよつと茎立ちぬ はなの

15 春寒の歩くほかなき家路かな   てふこ(忠)

16 余寒晴受話器当てたる耳痛く   ぐり

17 冴返る杜の都を襲ふ地震(なゐ) 忠義

18 はだれ嶺を離るる雲のはれやかに 波子(て)

19 祖母が見てゐる天井や春の暮   海音(幹・波)

20 春服のぱつと目に入るウインドウ あたみ(山)

21 水草生ふ川の活気を肯んぜず   順一

22 蛇穴を出でてベルトのきつくあり 忠義(華)

23 耕すや名知らぬ鳥の歩み来る   つよし

24 放課後やうなづきあふは菫のみ  幹子

25 春きざし小鳥の歩行の低さはも  順一

26 春塵のスポットライトの中に舞ひ はなの

27 のどけしやゆっくり揚がる観覧車 山渓

28 春の虹臍の緒みづみづしく在りぬ 佳子

29 うららかや汽笛の響く遊園地   山渓

30 うららかや足湯に男女微笑を   あたみ

31 春昼という大空へ観覧車     山渓(ぐ)

32 春めけば図書館の本失くしけり  順一(鋼)

33 天井に取れざるボール卒業す   春休(忠・幹・順・海・山・ぐ・は・佳・波)

34 三月のネオン乏しき闇に佇つ   てふこ

35 留年や山越へてくる涅槃西風   ぐり(幹・海・春)

36 春泥の靴そろへあり反対に    はなの

37 春大根抱へ地面を見つめたる   ぐり(春)

38 ぬれ縁にかはきてきたる春子かな 華

39 歯車をまた植ゑらるる朧月    幹子(益)

40 ハンガーと小枝と落とし鴉の巣  華

41 春の日や思はず爪を立てて居る  順一

42 葉牡丹や鴨居に祀りたるキユーピー 幹子(忠・春)

43 朧月ピエロがはづす赤い鼻    佳子(幹・益・ぐ)

44 春潮を返す波より白き泡     あたみ(て)

45 お水取走る男の神々し      忠義(山)

46 茶柱の立ちたることも虚子忌かな 海音(華・佳・あ)

47 木に竹を接木して寝るひと夜かな 益太郎

48 柵越えて花片栗を撮る男     山渓(あ)

49 朧から朧へ赤子転送す      佳子

50 縄文の人骨展を春の雷      つよし(て)

51 新入生ヤマザキヤマザキパンと唱へ 幹子(ぐ)

52 たんぽぽの咲く道工事絮とばす  あたみ

53 春の地震歯科の前掛けつけしまま 華(海)

54 あんぱんの臍が歪める春の闇   波子(益)

55 オルガンの下の暗がり花の昼   春休(順・佳・波)



【 小早川忠義 選 】
○07 啓蟄や  作者にとってその男はおしゃべりな時より寝ている時の方が可愛いと思えたのだろうか。いよいよ恋の季節。もう一度恋の炎は燃える?
○15 春寒の  帰宅困難者となってしまったか。それとも夜遊びが過ぎて終バスを逃したか。疲れてもしゃがんでなんかいられない。
○33 天井に  いつか、そのボールが落ちてくる時もあるに違いなく、そのボールを拾った子どもたちが何事も無くそれで遊び始める。繰り返す歴史。
○42 葉牡丹や  キューピーは、きっと幼少時に子どもが遊んでいたのにおもちゃ箱に放られていたものだろう。そういや茶箪笥にミルク飲み人形が、まだ残ってたっけかな。きっと、葉牡丹のようにふわっとした母の縫った服を着せられて。

【 藤幹子 選 】
○19 祖母が  これは病院の景かもしれないが、ただお茶を手にぼんやり天井を見る祖母かもしれない。どちらにしても、読み手には祖母が何を見ているのか何を考えているのかはわからない。その隔絶が、春の暮に合っている。
○33 天井に  体育館ですな。卒業の式典中、ふと見ればあのボール。特別思い入れなどないが、いつまでもこれからもずっとそこにあるだろうボールの下で卒業していく、そこはかとないおかしさ。
○35 留年や  全然関係なくて、だからこそ良い。山越えてくる、がなかなか言えるものではないと思う。
○43 朧月  朧月を窓に、小さな部屋でピエロが黙々と化粧を落としていく。詩的な景です。
その他、気になった句。
 01 薄氷の  たまらない頼りなさですね。美しい。
 49 朧から  転送が良かった。朧も赤子も不明瞭不確定なもの。危うい。

【 石川順一 選 】
○01 薄氷の  主観の勝った所がいいと思いました。勿論見たままを詠んだとも思えたのですが、何か作者の主情と調和して居る所があるにに違いないと思いとりました。
○12 囀りの  子供の乳歯が抜けて永久歯が生えて来た事を詠んだのかと思いました。鳥の鳴き声とうまく合って居ると思い。
○33 天井に  よくある光景なので親しみ易い感じがいいかと。学生時代の思い出ともリンクしまして。
○55 オルガンの  オルガンの下では子供が遊んで居たり、もしかすると猫や犬が隠れて居る事もあるかも知れないと想像力をかきたてられましたのでとりました。

【 湯木ねね 選 】
(今月はお休みです。)

【 涼野海音 選 】
○09 雛まつり  「雛まつり」と「抜けさうな歯」の相乗効果が出ている句。直接的に「子供」を詠むのではなく、このように間接的に詠む方法に感心いたしました。
○33 天井に  体育館の天井でしょうか、やはり誰しも一度は目にしたことがある光景でしょう。卒業後、「あのボールどうなっているのか」とふと思いました。
○35 留年や  この「留年」は、あまり深刻ではない脱力感がある気がします。「涅槃西風」の効果でしょうか。
○53 春の地震  まさに「春の地震」が起こった瞬間を詠んでいます。描写の的確さがリアリティを出しています。
その他、印象に残った句
 14 父の出し電話にぎよつと茎立ちぬ
 55 オルガンの下の暗がり花の昼

【 林 華 選 】
○01 薄氷の  そう言えば薄氷の上に水がありますね。その水のふるえを詠んだところがいい。
○09 雛まつり  歯の生え変わる頃の女の子と思える。ひな祭りと合っている。
○22 蛇穴を  何でもないようなところがいい。季節を感じる。
○46 茶柱の  何気なくて虚子忌に合っている。虚子忌は4月ですが。 
(その他気になった句)
 02 息つくや  息ついて腰を浮かせたのは作者か、擬人化かあいまいなように思います。
 04 大石忌  おもしろい取り合わせですが、大石忌とどのように響いているのでしょうか。
 16 余寒晴  余寒晴といいますか?
 27 のどけしや  「上る」でしょうか。
 31 春昼と  大きな景を感じる。
 39 歯車を  歯車を植えるって、わかりません。何かの見立てですか?
 44 春潮を  よく分かる景です。春潮の、ではどうでしょうか。
 49 朧から  赤ちゃんを転送はヘンではないでしょうか。

【 松本てふこ 選 】
○01 薄氷の  水の孤独に心を寄せる作者。あわれを感じます。
○18 はだれ嶺を  リフレインされるは行の響きが気持ちいい。山と共にある暮らしが見えます。
○44 春潮を  春潮を、で一旦切れるんですかね?中七下五にスピード感があって構成としては軽い印象。そこが泡の白さを浮き立たせている。
○50 縄文の  縄文人の身体に思いを馳せる作者。そこへ春の雷。春の雷って生命力であったり未来であったり、不安定ながらも強くて明るいエネルギーを感じさせるもの。父祖への健やかな敬意を感じます。
次点/33 天井に  卒業の句は前の月も取ったし、比較すると前の月のモナリザの句の方によりサービス精神を感じました。「天井にひっかかったままのボール=学校でやり残したこと」というメタファーがあまりにも分かり易すぎるところもあるので次点。

【 足立山渓 選 】
◎10 一村を  明るい春の光にに包まれた山間の部落でしょうか。日本の原風景を見るようです。「一村を包み込む」のフレーズがすばらしい。
○20 春服の  作者は女性でしょうね。季語の明るさと中七のフレーズとの組み合わせが秀。
○33 天井に  体育館の高い天井にボールが引っかかり、ついに取れなかったのでしょうね。中七のフレーズで無念さが感じられる。
○45 お水取り  テレビで見るだけで実際の光景を見たことがありませんが、松明をもって走るお坊さんの姿を「神神し」と感じられた感性に感心。

【 川崎益太郎 選 】
〇07 啓蟄や  ドラ声の男も寝息は佳いと作者。啓蟄との取り合わせが斬新。
〇39 歯車を  歯車は、会社人間の宿命でしょうか。朧月に浸っている暇はありません。チャップリンの映画を連想。
〇43 朧月  ピエロが赤い鼻を外す、人間に戻る時間、朧月のように。この朧月が何を表すかは、読者に任せている。
〇54 あんぱんの  あんぱんの臍は、句材として既視感はあるが、春の闇との取り合わせが斬新。

【 草野ぐり 選 】
○31 春昼と  春のぼわっとした大気の中をゆっくりと観覧車が廻る。春と観覧車はよく似合う。
○33 天井に  天井の大きめな網目にすっぽりはまってしまったボール。その下で卒業式が行われたのだろう。この光景ともお別れだ。
○43 朧月  サーカスは終り、客の帰った舞台裏で赤い鼻をはずしたピエロはどんな表情をしているのだろう。朧月がピエロをてらしている。
○51 新入生  唱へというからにはおまじない?新一年生はヤマザキパンと唱え、ぐいっと勇気を出して新しい世界へ飛び込んでいくのだろう、きっと。
他にも気になる句がたくさんありました。
 06 恋猫や  それはどんな音でしょう。恋猫とせず他の季語にした方がもっとイメージがひろがりそう。
 38 ぬれ縁に  干椎茸を作っているのだろう。のどかな春らしい景。
 54 あんぱんの  あの震災ではあんぱんの臍も歪んだはず、と。

【 二川はなの 選 】
○01 薄氷の
○12 囀りの  幼い日の行動が甦る。「囀り」が愛らしい。
○13 ここからは  卒業を機に今までの自分を仕切り直し。「青き踏む」が清々しく響く。
○33 天井に  強烈なアタックのボールが体育館の天井に跳ね返り、きっちりはまってしまった。若人の溢れるエネルギーが感じられる。

【 水口佳子 選 】
○01 薄氷の  薄氷の不安定さ、心もとなさを思えば〈ふるへをり〉は当たり前かもしれないのだが、ふるえる度に動く光は、これから季節が春に向って動き出す希望のようにも思えた。観察の目が利いていると思う。ただ〈上なる水〉は少々言葉が固いようにも。
○33 天井に  体育館のむき出しの鉄の梁にボールが引っ掛かっている光景。ボールをぶつけて落とそうと試みるがなかなかうまく命中しない。そのボールが卒業式の当日もそのまま残っているということだろうか。悔いのない学園生活でしたと心から言えるのは本当はひと握りの生徒だけかもしれない。ちょっとした心のつかえをボールに託して表現してあるところが良い。
○46 茶柱の  虚子忌に茶柱が立つなんて・・・素直に受け取ればこれは縁起が良いということでしょうね。俳句が上手くなりそうな・・・という。何でもないことを句にしてあるところがいかにも虚子忌らしいのでは。
○55 オルガンの  足踏みのオルガンはもうほとんど見かけない。オルガンというだけで郷愁を感じてしまうのでつい採らされてしまう、というと作者に申し訳ないが、この句の場合オルガンを取り囲む満開の花の明るさがその下の暗がりをますます孤立させているように思える。取り残されていくものの寂しさがある。
その他
 02 息つくや  中七・下五は面白い発見だと思いましたが、〈息つくや〉は句を分かりにくくしているように感じます。
 06 恋猫や  〈理性の閂〉はやや観念的かなあ。
 07 啓蟄や  面白いけど季語がこれでいいのかと。ずっと寝ていて欲しかったのに・・・ということでの〈啓蟄〉かしら?
 09 雛まつり  可愛い景が浮かびます。〈見せくるる〉はもっと良い言い方はないかとも。
 12 囀りの  草田男の句を髣髴とさせますね。〈抜けたる〉は省略できそう。
 22 蛇穴を  えっ?蛇皮のベルト?
 24 放課後や  〈放課後や〉は中七・下五を生かせてないような気がします。なぜ放課後なのか・・・
 35 留年や  〈越へて〉は終止形が「超ゆ」なので〈超えて〉ですね。
 39 歯車を  朧月に歯車が植えられる・・・? あー意味が知りたい。面白そうな句なのに。
 50 縄文の  〈春の雷〉は遥かなるものへと通じているようで、フレーズと呼応しているように思いました。〈を〉でいいのかどうか。
 51 新入生  これってどこで切ればいいのでしょう。
 新入生/ヤマザキヤマザキパンと唱へ
 新入生ヤマザキ/ヤマザキパンと唱へ  へんてこな句ですがこういうのも嫌いではありません。
 54 あんぱんの  歪んでいるのは臍か春の闇か、はっきりするといいですね。

【 小津無三 選 】
(今月はお休みです。)

【 喜多波子 選 】
○07 啓蟄や  寝息が佳きをとこが巧いです。
○19 祖母が見て  お婆さんが臥している傍で一緒に優しく天井を見ている介護者と思いました。
○33 天井に  自分か友人が蹴り上げたボ―ルが、どうしても取れずに心を残しながら卒業する旅立ちの句
○55 オルガンの  教室の明るい方に向くオルガンですが 下は暗いですね。発見が素晴らしいと思います。

【 梅原あたみ 選 】
○01 薄氷の上なる水のふるへをり
○13 ここからは仮面脱ぎ捨て青き踏む
○46 茶柱の立ちたることも虚子忌かな
○48 棚越えて花片栗を撮る男

【 鋼つよし 選 】
○01 薄氷の  水の震えと捉えた表現共感しました。
○02 息つくや  目に浮かぶようで面白い表現と思います。
○04 大石忌  重い季題ながらねずみ捕りがうまくあっている。
○32 春めけば  季語にあった句でゆーもあもある。

【 中村阿昼 選 】
(今月はお休みです。)

【 小川春休 選 】
○07 啓蟄や  普段話す声よりも、寝息の方が魅力的――。推測するに、きっと普段は大人しいしゃべり方なのに、寝息は男性の肺活量を感じさせる、案外力強いものだったのでしょう。そして、自分だけがそのことを知っている、という恋人としての誇らしい気持ちがじわりと滲んでいます。「啓蟄」の利き方もかすかにセクシャルな雰囲気を漂わせていて良いです。
○35 留年や  留年すると、それまで同級生だった仲間が一年先輩に、後輩が同級生になったりするわけですが、そのときにおろおろするか、堂々としているかで器の大小が見える。この句では、いかにも泰然自若、山を越えてくる風を受けて、平然としている様が目に浮かびます。他の風ではなく「涅槃西風」であるところも、句柄を大きくしているようです。
○37 春大根  何でもない句のようでありながら、昨今の大地震のことを思うと、複雑な思いを抱かざるを得ない句です。人間の生活に数え切れないほどの恩恵を与えてくれる大地が、時として人間の生活を根底から覆す…。思いを語らずに「見つめたる」とだけ述べたところが良かった。
○42 葉牡丹や  子供のお気に入りだったキューピーを後から親が祀ったのでしょうか。それとも子供がぜひ祀ってほしいと駄々をこねたのかもしれません。そこに暮らす人たちの匂いを感じる景。葉牡丹の、華やかだけれどちょっと野暮ったい感じも味があります。
 02 息つくや  中七下五の描写は端的で面白いのですが、上五が曖昧な印象です。「や」で切れていることで余計に曖昧になっているように感じます。官女雛が息をついているとも読めるし、作中主体が息をついたときに官女雛が目に入ったとも読めてしまうのです。せっかくの中七の着眼がぼやけてしまうのがもったいない。
 04 大石忌  古い住居の佇まいが見えてきます。隠れ住んでいる、というニュアンスも感じられる。「大石忌」と「ねずみ捕り」との取り合わせも、少しウィットを感じさせる組合せです。
 06 恋猫や  「恋」と「理性の閂」とではちょっと作りすぎという気がします。それにそもそも猫は生来理性よりも本能のままに生きているものではないでしょうか。
 11 「一座」なる  「祝い」で「めでたく」はあまりにも当然のように思われます。そのように直接的に述べるのではなく、例えば「春灯」をもっと具体的に描写するなどして、その会の暖かい雰囲気などが読み手に伝わるように書いた方が良いと思います。
 14 父の出し  「ぎよつと」と「茎立ち」の取り合わせは面白いと思うのですが、なぜ「ぎよつと」するのか読み解く手がかりが少なすぎるような気もしました。父が電話に出るとぎょっとする訳とは…。父親にもいろいろなタイプがありますので、もうちょっと人物像やシチュエーションが感じ取れる描写がある方が句に奥行きが出ると思います。
 15 春寒の  この度の震災に伴う大幅なダイヤの乱れを思わせる句です。震災の句というのはなかなかに難しいですが、このように、自らに引き付けて、自らの体験として誇張無く書くことが、取るべき態度だろうと思っています。
 16 余寒晴  「受話器」というからには携帯電話ではなく固定電話。しかし、固定電話は屋内のもの、「余寒晴」という季語は屋外の内容ですので、一句としてのまとまりに欠けるように思いました。上五「余寒なり」としてはいかがでしょう。
 18 はだれ嶺を  は行音・ら行音の作り出す響きの心地よい句です。
 19 祖母が見て  座ったまま、あるいは立ったまま天井を見るのは案外難しい。この句の祖母はおそらく床に伏せっているのでしょう。そして、じっと天井を見ている祖母を見ているのは孫。何か一日の時間の長さを感じさせる、春の暮の景ですね。
 20 春服の  てらいのない天然の明るさのある句です。「入る」だとあまりにも句のまとまりが良い気がするので、「入り」で軽く一呼吸置いてはいかがでしょう。
 21 水草生ふ  水草が生え始めた川からは活気を感じそうなものですが、この句の作中主体はそれを「肯んぜず」、肯定しない。そういう感じ方には意外性がありますが、そこにもう少し説得力も兼ね備えていれば、そういう感じ方を読み手も実感を持って感じることができるのではないでしょうか。思うに、良い句とは、意外性と説得力の双方を兼ね備えているものです。どちらかだけでは訴えかける力に欠けてしまう。
 22 蛇穴を  冬の間に横幅が増してしまった、ということでしょうね。句としては、面白みが分かりすぎてしまう部分があるようです。「蛇」と「ベルト」もイメージとしては近いため、取り合わせの意外性に乏しいと思います。
 23 耕すや  ベテランの農家の方であれば、その辺にやって来る鳥の名は知っているはず(そうでなくては、農作業に害をなす鳥に対応できませんから)。となるとこの句で耕している人は、定年退職後に小規模な畑を始めたような、そんな境遇なのかもしれませんね。
 24 放課後や  「放課後」は情報量の多い、濃い言葉です。学校であること、時間帯は午後三・四時頃、等々。そして句末の「のみ」も、辺りに子供らがいないことを暗示しています。この情報量の多さと、擬人化とで、一句に内容を盛り過ぎという印象を受けます。個人的には、「放課後やうなづきあうて菫ども」ぐらいの方が、すんなりと入ってくるように思いました。
 25 春きざし  歩行の低さ、というのがよく分かりませんでした。飛行であれば分かるのですが…。「小鳥」は秋の季感が強いため、他の季節に使う場合は注意が必要な語です(正確には「小鳥」だけでは季語でなく、「小鳥来る」で秋の季語なのですが)。
 26 春塵の  「舞う」という語は詩的表現の常套手段なので、なるべく使うなと師の辻桃子よりよく言われております(もう一人の師小澤實からは「軋む」はわびさび情趣にまみれやすいから使うなと言われております)。「舞う」を使わずに、春塵の動きの見える表現を探ってみてください。
 27 のどけしや  「のどけし」と「ゆっくり」はイメージが近く、ツキスギではないかと思います。他にもっと句の世界の広がる春の季語があるのではないでしょうか。
 28 春の虹  臍の緒が瑞々しいという把握は、出産直後にしかありえないことで、面白いところに着目されたと思います。ただ、季語がそれほど効いていないようです。
 29 うららかや  この「汽笛」、遊園地内の小型汽車などのものだとさほど面白くありませんが、遊園地の外の、機関車や汽船のものだとすると、なかなか趣のある景が見えてきます。書き手はどちらを思って書かれたのでしょうか?
 30 うららかや  この句の「うららか」と「微笑」もイメージが近く、ツキスギのようです。もっと離れた季語の方が、句の世界が広がりそうです。
 43 朧月  面白い句ですが、「朧月」と「赤い鼻」で見所が分かれてしまうところが難点かと思いました。「朧夜のピエロのはづす赤い鼻」などとすれば「赤い鼻」に見所が集約されるのではないでしょうか。
 45 お水取  神事に参加する者の描写として「神々し」は当然という気がします。そのように直接的に述べるのではなく、その走る様をもっと生き生きと描いてほしいところです。
 47 木に竹を  「接木」という生命の不思議が、人間の寝静まる夜のうちにも繰り広げられている。その対比が自然なところが良いです。
 49 朧から  生と死が現世と異界とを区分していると考えれば、赤子はつい最近異界から現世へとやってきたばかりの存在とも言える。現実的には出産という修羅場をくぐり抜けて現世に誕生したのですが、時折見せる穏やかな表情からは、何かふっと異界から現世へ転送された不可思議な存在のように感じられるときもあるでしょうね。そういう感じが伝わってくる句です。
 50 縄文の  何やら縄文人が蘇ってきそうな春の雷で面白い。よくよく考えると「縄文の人骨展」という名称、すごい名前ですね。「人骨展」かぁ…。
 51 新入生  意味の分かるような分からないような句ですが、苗字が山崎だというだけであだ名が「ヤマザキパン」になっちゃうこととかあったよなぁ、などと軽く回想モードに入ってしまいました。何とは無しにたのしい句。
 53 春の地震  時期的にどうしても今回の大地震と結び付けて読んでしまいますが、もっと軽い地震・余震と読んでも問題ない句。というよりも、軽い地震と読んだ方が句の叙述のトーンと合っているようです。「はるのなゐ」という響きも柔らかで、そのような読みを誘います。
 54 あんぱんの  屁理屈のようですが、「闇」なのになぜ「あんぱんの臍が歪んでいる」と分かったのか、そこが謎です(名探偵春休)。「歪める」と断言する形ではなく、軽い疑問を伴う言い回しや、推量する言い回しにすれば、もやっとした春の闇の雰囲気まで伝わる句になるのではないでしょうか。


来月の投句は、4月15日までに、3句お送り下さい・・・・・・投句はこちら

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