【 叶万里子 選(万) 】
(今回はお休みです。)
【 一斗 選(一) 】
○10 抱くものを欲りて昼寝の人の腕
○15
新緑の端へ繋がる音楽隊
○20 栗咲くや角屋に止まるダットサン
○27 薫風に少しの湿り牡牛の目
○32
短針の失せて百物語かな
【 土曜第九 選(第) 】
(今回はお休みです。)
【 奥寺ひろ子 選(奥) 】
○14
絹糸の 私もこの句のような蛍の舞う姿をみてみたいなと思いました。
○15
新緑の さわやかな音楽演奏が聞こえてきそうです。見ている人も気持ちよさそうです。
○22
根を深く 梅雨の雨はうっとうしいですが、植物はぐんぐん伸びていく時期ですね。
○35
誰も居ず 夏の閑散とした家の寂しさも伺えますが、冷蔵庫には冷えた麦茶が用意されていることで、救われる気がします。
○39
水の面の 水鳥でしょうか? 蹴散らしに このときの気持ちがよく表れていると思います。
【 遠藤ちこ 選(ち) 】
(今回はお休みです。)
【 滝ノ川愛 選(愛) 】
○09
足湯して 鬱陶しい梅雨最中の足湯、いいですね。ペティキュアの”青”が効いています。
○10
抱くものを ”欲りて”とは考え過ぎでしょう。でも面白い表現ですね。さらば“竹婦人”でも如何。
○20
栗咲くや この句好きです。昭和の香りプンプンです。”角屋”もダットサン”も。地味な栗の花の季語もよく合っています。
○30
水鉄砲 撃たれてばかりいる子供。その子供に対する頑張れという気持ちともどかしさが感じられます。水入れは十分でなくてもいいから何しろ撃ち返せ。相手は意表をつかれて、びっくりするでしょう。何とかしなくっちゃ。見ているこちらが辛いのです。
○47
かみあわぬ 何やら不穏な気配がします。「走り梅雨」の季語が一層不安を掻き立てます。
【 土田ひなこ 選(土) 】
(今回はお休みです。)
【 小林タロー 選(タ) 】
○02
からうじて 「かな」止めなのでもう少し滑らかに読める句がいいのでしょうが、これはこれで良いと思いました。
○11
食パンの上に 枇杷が詩情を醸し出しています。
○17
知り尽くす 何を知り尽くしているのか不明でもありますし、山法師が効いているとも思えない。それでもとってみたい不思議な句でした。
○30
水鉄砲 水入れているとすぐそばまできて打つんですよね、
○44 「ホトトギス 蚊遣香が良かった。
【 森田遊介 選(遊) 】
(今回はお休みです。)
【 小早川忠義 選(忠) 】
○03
初夏や 重ねた後から何が展開されるのか楽しみな句。
○18 椽側に 縁側からの出入りも、夏だからこそ。
○21
コンパスの コンパスを操作する人の手も落ち着かないくらいの嵐の強さ。
○30
水鉄砲 あるある。それだけで終わらない撃たれているときの冷たさや口惜しさ。
○32
短針の 謎が興味をそそる。午前0時のこと?
08 うつくしき ますかけ、とか美しい手相を具体的に表して欲しい。
09
足湯して 上五下五を入れ替えれば青梅などと混乱しないで済む。
35
誰も居ず 実家に帰っても居場所は無いってことを痛感する。でももう少し整理できるかも。
47
かみあわぬ 喧嘩の前触れ?つき過ぎか。
【 石川順一 選(順) 】
○10
抱くものを 「人」とは「他人(ひと)」でしょうか。昼寝して居てうつらうつらのつもりが知らぬ間に寝入って仕舞い、気が付くと、自分の腕を枕にしていた、では長時間に及ぶと腕が痺れて仕舞う。なので「他人(ひと)」の腕が欲しかったのかと少しく皮相な見方をしてみました。季語は「昼寝」。
○15
新緑の 季語は「新緑」。面白い句想だと思いました。「音楽隊」は「軍楽隊」かなとふと思いました。「音楽隊」は新緑化してまた一層魅力を増した。
○19
デッサンの 季語は「百合の花」。病的な神経を想像して見ました。作者はむしろ救済を求めて居るのであろうかと感じました。
○33
風鈴の 季語は「風鈴」。「まとまらぬ」とは趣深い。むしろ音楽を感じて居るのかも。「愚痴話」も軽めの物で、かまってチャンみたいな人が傍に居る。
○40
出水川 犬二匹の運命や如何にと言う事ではないと思うのです。この句の主眼はしょせん観察者の自分からすれば「犬二匹」など即物的にも映る、が、観察者と一体化した犬は最早、ただの見られる存在では無い。むしろ句作者と一体化した同一物とでも捉えて居るのだろうかとも勘繰りました。
【 涼野海音 選(海) 】
○45 日焼して 日常の肯定感が心地よいと思いました。
○47
かみあわぬ 二人をもっと具体的に言った方がよいかもしれませんが、「走り梅雨」は効果的に使われています。
○48
三州の 「三州」という限定が面白さを生んでいます。
○14 絹糸の 雨の蛍を詠んだ句は珍しいですね。
○15
新緑の 「繋がる」という把握の仕方はなかなか出来ません。
【 松本てふこ 選(て) 】
○04
炎めく 思い切った比喩なのにすとん、すとんと読ませる。狙ったのかは分からないが、繰り返される「く」の響きと、さくらんぼの動きを主軸にした句の作りが風通しの良さにつながっている気がする。
○19
デッサンの 欠点はある句だとは思う。「に」の用法がちょっと分かりにくいし、(切れてるんですよね?)「死にゆく」という表現は抽象的過ぎる気もする。でも、この句が描こうとした(と、私には思えた)「あるものの美しさを言いとめようとする行為がそのものの美しさを奪っていく」アンビバレンツには非常に胸打たれるものがあった。芥川の『地獄変』のような?!
○29
大雲海 なんだこりゃ、と一読の印象。上五から一気に視点も気分も急降下、かまずにたれている鼻水を想像すると実に汚い。でも上五の大きくて生命力にあふれたイメージから、泣きじゃくっている子供を思い浮かべると、情けないことは情けないが、これもひとつの作者なりの生命賛歌なのかもしれない、と思わなくもなく。
○32
短針の 百物語に固唾をのみながらふと時計に目をやって「え…時計の短針がなくなってる…キャーーー!!!」という怪談にありがちなおそろしいオチかと思ってしまったのだが、何らかの理由でもともと短針が外されている時計なのだろう。少しずつ降り積もる怯えの感情と視界の悪化が日常の風景を歪め、そしてとびっきりの恐怖が人々を襲う寸前の、嵐の前の静けさのような句。
○35
誰も居ず 構成からにじみ出るつまらなさがすさまじい(褒めています)。「だから何」と作者自身も思っているのでは?
と勘ぐってしまう。それかわざと下手っぽく作っているとか…? 数年前の『童子』を席巻した(?)「ヌーボー俳句」を思い出した。
【 足立山渓 選(山) 】
○10
抱くものを テレビの宣伝の抱き枕なるものを、思い浮かべた。
○20
栗咲くや 近頃は栗の咲く光景も見られなくなった。まして、日産自動車の「ダットサン」などは。じつになつかしい光景だ。
○24
ストレート 季語のイメージと「ストレートパーマ」の措辞がぴったり。
○46
靴下の 短きスカートの女子高校生の太腿に「虫刺されの後」。色々想像でき俳諧味のある句。
○47
かみあわぬ 季語が動く気もするが、何か魅かれる。
【 川崎益太郎 選(益) 】
○13
音楽を アマリリスに感ずる閉塞感を上手く表現した。
○24
ストレート 多佳子の忌、ストレートパーマ、付き過ぎの感もなくはないが、上手い取り合わせ。
○25
ふやけたる ちょっとリズムが悪い感じもするが、それが紫陽花のふやけ感をよく表している。
○40
出水川 洪水のテレビ中継などでもよく見る景であるが、すれすれが上手い。
○46
靴下の 目の付けどころが上手い。虫は秋の季語が、ちょっと気になった。蚊、蚤等ではどうか?
【 草野ぐり 選(ぐ) 】
○08
うつくしき 爪や指が美しいのはわかりやすいが美しき手相とは。プロやマニアしかわからないのかな、何かちょっと屈折した想いを感じる句。
○27
薫風に 確かにあの爽やかな風に多少の湿りを感じる時がある。牡牛の目のうるうる感と湿りがつき過ぎな気もするが。
○30
水鉄砲 最近の攻撃力の強い水鉄砲でやられていたらもうびしょびしょに違いない。撃たれつつも楽しくてしょうがない子供の息づかいが聞こえる。
○32
短針の 無季だが夏の夜であろう。こわい話を語りついでいくうちにふとみると時計の短針がなくなっている。すごくこわい。異空間に連れ込まれそう。
○40
出水川 犬ってわざとそういう危険なところに行くところがある。しかも二匹連れ立って。人間でもいます、こういう人が。
【 水口佳子 選(佳) 】
○15
新緑の 音楽隊というからには数十人の連なりだろう。新緑の方へと進みやがて新緑の中へと入っていく。〈繋がる〉という言い方が巧いと思う。管楽器の光も見えてきてまぶしい。〈新緑〉というの季語による効果。
○25
ふやけたる 紫陽花を水彩画で描いているところ。水を含ませた絵具を置くと画用紙はふやける。それが濡れた紫陽花のイメージへとつながる。この紫陽花の色はきっと青。
○26
真ん中に 炎天下、無人のプールか。あまりにもあっけらかんと詠まれていて・・・
○30
水鉄砲 まさに今水鉄砲で遊んでいるという実感のある句。歓声が聞こえてきそう。
○44
「ホトトギス 二つのものを並べただけの句。伝統俳句と日本の伝統ともいうべき蚊遣香、文学的な匂いのするものと生活感たっぷりのもの、といった取り合わせが面白い。「ホトトギス雑詠選集」に蚊遣香のにおいがしみ込んでいきそう。
ほかに気になる句
02
からうじて 苺がこぼれてきそうで・・・そうそうと頷いた句。
31
紅の花 〈アラブをんな〉という言い方がちょっと気になるのです。でも「紅の花」がいいなあと。
40 出水川 そのあと犬はどうなった?
【 喜多波子 選(波) 】
○09 足湯してペティキュアの青梅雨深く
○26
真ん中に太陽映ゆるプールかな
○30 水鉄砲水入れる間も撃たれつつ
○35 誰も居ず実家の麦茶飲み帰る
○48
三州の老舗味噌屋の土間涼し
【 鋼つよし 選(鋼) 】
○32 短針の 薄明りの部屋をイメージしてよい。
○33
風鈴の まとまらぬという措辞がよい。
○34 まんばうの 涼しそうな絵柄が良い。
○42
夏巡業 相撲取りの所作がよく浮かぶ。
○45 日焼して 平易な綴りながら味わいがある。
【 中村阿昼 選(阿) 】
(今回はお休みです)
【 小川春休 選(春) 】
○03
初夏や 重ねるのは、やはり飲み終えた紙コップ。言葉は少ないですが、その場の空気がよく見えてきます。「重ねて」とした方がより軽やかになるかもしれません。
○29
大雲海 大雲海という雄大な絶景を前に、鼻をかむ。「雰囲気ぶちこわしだー」という同行者に対して、「垂らしっぱなしにする訳にもいかないだろう。仕方ないのだ」と答える。そんなやりとりも想像されます。大雲海が見える場所というのは、けっこう寒いのかもな、とも。
○33
風鈴の 下五で上手くまとまりすぎかなぁ、という気も少ししましたが、中七の「まとまらぬ音」という描写はとても確かですね。
○44
「ホトトギス 物に語らせる、というのはこういう句のことを言うのでしょう。本のタイトルと蚊遣香だけで、その部屋の、住居の雰囲気まで浮かんでくる。達者な句ですね。
○48
三州の 堂々とした句。少しひんやりとした涼しい土間が見えてきます。味噌も旨いに違いない。
01
松蝉や 松蝉の鳴く頃というと晩春から初夏にかけてぐらいでしょうか。隣の荘の修理も、本格的な夏に向けてのものかもしれませんね。
04
炎めく 形状からの見立ての句ですが、成功しているのではないかと思います。
05
手の中の 守宮と梅雨入りの季重ねが効果的かどうかという点が一つ。それと、「手の中の」では動きが無く、句が坦々としている。「つかまへし守宮ひやりと」とするとその動き、手つきまで見えてくるのではないでしょうか。
07
梅雨湿り 季語とそれ以外の部分とが梅雨と水ということでイメージ的に近く、広がりが出てきません。違う季語の方が良いのでは?
08
うつくしき 隠した手相が美しいと何故分かったか。「誰もその顔を見たことがない謎の美女」、のように矛盾を孕んだ表現です。美しさが読み手にも感じ取れるような表現はできないものでしょうか。
10
抱くものを 自分の腕ではない、ということを盛り込みたかったのかもしれませんが、「人の」は不要ではないでしょうか。
13
音楽を 「耳に詰め込む」は人の耳のことなのでしょうが、アマリリスの花もどこか耳を思わせる。アマリリスの花も、耳のように、音を聴いているのでしょうか。
14
絹糸の 蛍というからには夜の雨。雲から漏れる月の光と蛍の光に、ほそい雨の筋が見える。繊細な景を描いて、句もしっかりまとまっています。
15
新緑の 新緑と音楽隊の位置関係を表現した「端へ繋がる」、広角で景を捉えられていて、広々として風通しの良さを感じる句です。
16
昼寝覚 季語が「昼寝覚」だと、中七以降がどうも規定路線というか理屈っぽい感じがしてしまいます。季語は鳥や植物などで、上五できっちり切れていた方が、句としての迫力が出ると思います。
17
知り尽くす 何だか気になる句でしたが、ちょっと言葉が足りていないように感じました。
19
デッサンの 様々な読みの可能性を持つのは悪いことではありませんが、少々内容が曖昧すぎる嫌いがあります。「線に」の「に」の意図するところが不明瞭(明瞭であれば良い、という訳でもないのですが…)なため、「死にゆく百合の花」というのが実物の百合とも絵画(デッサン)の百合とも読めてしまい、実物と絵画とでは「死」の意味合いもかなり違ってきますので、ちょっと読み切れない句でした。
20
栗咲くや 1980年以降にブランドが廃止されたダットサン(なんと2014年から復活してインドやロシアで販売される予定なのだとか)、いろいろなタイプがあるようですがやはりトラック型のものが印象に残っています。何とも懐かしく、栗の花とも相俟って、味のある句です。
21
コンパスの 風が当たったから揺れたのではないのでしょうが、「揺れ」と「青嵐」は付いているような気がします。
22
根を深く 描写としては少々観念的と思います。観念ではなく、具体的なポイントを描写してほしいところです。
24
ストレート しゃっきりした女性の姿が目に浮かびます。
25
ふやけたる 句またがりの句ですが、もっとすんなり詠んだ方がふてぶてしくも馬鹿馬鹿しい一句になるのではないでしょうか。例えば「画用紙やあじさゐ描かれてはふやけ」など。
27
薫風に 出来ている句と思いますが、「薫風に少し湿りや」もしくは「薫風の少し湿りて」とした方が句意も響きもメリハリが出るように思います。
28
紫陽花を 毎年同じように季節が巡って、紫陽花の咲く頃と母の忌日が一緒にやってくるんですよね。気持ちがよく伝わります。
31
紅の花 句に詠み込まれた素材は良いと思うのですが、どうも下五が窮屈な感じです。句のまとまりとしては「紅の花」を下五に持ってきた方が良いような気もします。
32
短針の 短針が失せる、時間のない世界に引き込まれてしまったような…。
34
まんばうの 私自身、マンボウを水族館でしか見たことがなく、どうも夏暖簾とつながらないのですが…。もしかしてマンボウ柄ということなのでしょうか。だとすると中七を「や」で切ると分かりにくい。
35
誰も居ず 坦々とというよりもぶっきらぼうとでも言いたいような詠みぶりの句ですが、そこが味になってますね。上五、「人をらぬ」ぐらいではどうかな、とも思いましたが、そうするとぶっきらぼうさが損なわれる気もして、微妙なところです。
37
十キロの だいたいの意味は伝わりますが、「香を漬けし」という表現、気になります。香りだけ漬けて梅の実は漬けなかった、とも読めますし(エア梅漬け?)。もっとストレートに、「十キロの梅を漬けたる香の母ぞ」などとした方が、力強い句になると思いますが。
39
水の面の 「水の面の」という上五、意味は分かりますが、やはり「水面(みなも・すいめん)」という成語に比べると、間延びした印象。例えば、「泳ぐなり水面の夕日蹴散らして」などとしてはいかがでしょうか。
40
出水川 蕪村の〈五月雨や大河を前に家二軒〉を思い出させる構図ですね。景としてはよく見えてくるのですが、切れというか句としてのメリハリが欲しいような気もします。
43
挨拶の まとまってはいるのですが、「所作」という言葉は少し固いかなぁと思います。
47
かみあわぬ 上五中七の内容に対して、季語の雰囲気が近く、意外性に乏しい。飛躍がほしいところですね。
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