五百五十句 高濱虚子 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)士乃《セナイ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)歸帆|疾《と》し [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数) (例)※[#「竹かんむり/奴」、第4水準2-83-37] -------------------------------------------------------    序  曩にホトトギス五百號を記念する爲に改造社から「五百句」と云ふ書物を出した。これは私が俳句を作りはじめた明治二十四五年頃から昭和十年までの中から五百句を選んだものであつた。先頃櫻井書店から何か私の書物を出版したいとの事であつたので、ホトトギスが五百五十號になつた記念に、その後の私の句の中から五百五十句を選み出してそれを出版して見ようかと思ひ立つた。思ひ立つてから大分日がたつた。この月出てゐるホトトギスは五百六十一號になつてゐる。それはどうでもいゝとして、昭和十一年から昭和十五年までの約六年間の間に五百五十句を選んだのであるから、前の「五百句」の約四十五年の間の句の中から五百句を選んだのに比較して見て少し精粗の別が無いでも無いが、要するに記念の爲の出版であつて、その他の事は格別嚴密に考へる必要も無いのである。「五百五十句」と云ふ書物の名にしたけれども五百七八十句になつたかと思ふ。それも嚴密に考へる必要は無いのである。  私は本年古稀である。自ら古稀の記念ともなつたわけである。   昭和十八年五月十九日   鎌倉草庵にて [#地付き]高濱虚子  註 改造社發行拙著「五百句」の百六十一頁「天ノ川」の句は取消す。 [#改ページ]   昭和十一年 鴨の中の一つの鴨を見てゐたり [#ここから3字下げ] 一月二日。武藏大澤淨光寺。旭川歡迎會。 [#ここで字下げ終わり] 枯れ果てしものの中なる藤袴 [#ここから3字下げ] 一月四日。百花園偶會。水竹居、あふひ、花蓑、實花。 [#ここで字下げ終わり] 物賣も佇む人も神の春 [#ここから3字下げ] 一月五日。武藏野探勝會。目黒不動、大國家。 [#ここで字下げ終わり] 枯荻に添ひ立てば我幽なり [#ここから3字下げ] 一月八日。謠俳句會。百花園。 [#ここで字下げ終わり] 澁引きしごと喉強し寒稽古 [#ここから3字下げ] 一月十八日。谷中本行寺。播磨屋一門、水竹居、たけし、立子、秀好。 [#ここで字下げ終わり] 古綿子著のみ著のまゝ鹿島立 [#ここから3字下げ] 二月十六日。楠窓東道の下に、章子を伴ひ渡佛の途に上る。午後三時横濱解纜箱根丸にて。(以下、特別の附記なきものは、すべて箱根丸船中吟) [#ここで字下げ終わり] 我心春潮にありいざ行かむ [#ここから3字下げ] 二月十九日。神戸碇泊。花隈、吟松亭、關西同人句會に列席。 [#ここで字下げ終わり] 日本を去るにのぞみて梅十句 [#ここから3字下げ] 二月二十一日。朝、門司著。萍子招宴、三宜樓。 [#ここで字下げ終わり] 上海の霙るゝ波止場後にせり [#ここから3字下げ] 二月二十六日。箱根丸船中。 [#ここで字下げ終わり] 春潮や窓一杯のローリング [#ここから3字下げ] 二月二十九日。朝、香港出帆。 [#ここで字下げ終わり] 顏しかめ居る印度人町暑し 著飾りて馬來女の跣足かな 裸なる印度ますらを幸きくあれ 晩涼や火焔樹竝木斯くは行く [#ここから3字下げ] 三月四日。新嘉坡著。石田敬二、東森たつを來訪。次で三井物産支店長松本季三志夫妻、三菱商事支店長山口勝、宮地秀雄等來船。敬二東道の下に章子を帶同、一路自動車にて奥田彩坡經營の士乃《セナイ》の護謨園を訪ふ。横光利一同道。歸途タンジヨン・カトンの玉川ガーデン、敬二居等に立寄り、今日の吟行地植物園に下車。それより空葉居に一憩、新喜樂にて晩餐。俳句會。 [#ここで字下げ終わり] 稻妻のするスマトラを左舷に見 [#ここから3字下げ] 三月五日。新嘉坡碇泊。日本人共同墓地に二葉亭四迷の墓を弔ふ。敬二、楠窓同道。章子は途中空葉居に下車。歸途敬二居に立寄り歸船。正午出帆。 [#ここで字下げ終わり] 稻田あり※[#「竹かんむり/奴」、第4水準2-83-37]あり日本に似たるかな [#ここから3字下げ] 三月六日。彼南著、上陸。 [#ここで字下げ終わり] 月も無く沙漠暮れ行く心細そ [#ここから3字下げ] 三月二十一日。午後三時、蘇士入港。陸路カイロに到りメトロポリタン・ホテル一泊。 [#ここで字下げ終わり] 寶石の大塊のごと春の雲 [#ここから3字下げ] 四月十九日。箱根丸にて楠窓、友次郎と協議の末、米國經由歸朝のことを斷念。午後、松岡夫妻、楠窓、町田一等機關士、章子、友次郎等とサンフリート村に花畑見物。 [#ここで字下げ終わり] 舟橋を渡れば梨花のコブレンツ 兩岸の梨花にラインの渡し舟 梨花村の直ぐ上にあり雪の山 [#ここから3字下げ] 四月二十一日。ライン河。 [#ここで字下げ終わり] 木々の芽や素十住みけん家はどこ [#ここから3字下げ] 四月二十一日。シユロツス・ホテル、バルコニーよりハイデルベルヒの町を望む。 [#ここで字下げ終わり] 望樓ある山の上まで耕され [#ここから3字下げ] 四月二十二日。午後一時五分發、車中雜詠選に沒頭。夜、伯林著。三菱商事藤室益三夫妻に迎へられ大和旅館に入る。沿道觸目。 [#ここで字下げ終わり] 夜話遂に句會となりぬリラの花 [#ここから3字下げ] 四月二十四日。藤室夫人東道、日本人の學校參觀、講演。「あけぼの」にて晝食。それよりオリムピツク敷地一見。カー・デー・ベー百貨店に立寄り歸宿。大毎社員加藤三之雄來訪。夜、三菱商事支店長渡邊壽郎邸にて晩餐會。井上代理大使夫妻、孫田日本學會主事、藤室夫妻等と小句會。 [#ここで字下げ終わり] 春風や柱像屋根を支へたる [#ここから3字下げ] 四月二十六日。渡邊夫人、藤室夫妻東道、ポツダムに赴く。恰も日曜日。ポツダム宮殿。 [#ここで字下げ終わり] 箸で食ふ花の辨當來て見よや [#ここから3字下げ] 四月二十六日。更に櫻の名所ヴエルダーに車を驅る。藤室夫人携ふるところの日本辨當を食ふ。群衆怪しみ見る。 [#ここで字下げ終わり] 國境の驛の兩替遲日かな [#ここから3字下げ] 四月二十七日。藤室夫妻と再び日本人學校に赴き、日本人會にて晝食。午後一時五十分伊藤夫妻、迪子、バーミング、ビユルガ姉妹、京極、篠原、高田、寺井、昌谷、世良、仙石に送られツオ驛發、獨蘭國境に向ふ。 [#ここで字下げ終わり] 倫敦の春草を踏む我が草履 [#ここから3字下げ] 四月二十八日。朝七時前ハーウツチ港著。それより汽車にてリバプール・スツリート・ステーシヨン著。上ノ畑楠窓、八田一朗、松本覺人、槇原覺、河西滿薫、有吉義彌、高橋長春、常盤の主人岩崎盛太郎の出迎を受く。それより覺人嚮導の下に楠窓、一朗と倫敦市中一見、デンマーク街の常盤別館に入る。駒井權之助、朝日新聞社古垣鐵郎來訪。晩餐を待つ間小句會。 [#ここで字下げ終わり] 名を書くや春の野茶屋の記名帳 [#ここから3字下げ] 四月三十日。覺人東道、沙翁の誕生地ストラツトフオードに向ふ。楠窓、一朗、友次郎、章子同行。 [#ここで字下げ終わり] 春の寺パイプオルガン鳴り渡る [#ここから3字下げ] 四月三十日。シエクスピア菩提寺。 [#ここで字下げ終わり] 賣家を買はんかと思ふ春の旅 [#ここから3字下げ] 四月三十日。三時頃シエクスピア菩提寺より歸途に就く。 [#ここで字下げ終わり] 躄《あしなへ》の妻を車に花に曳く [#ここから3字下げ] 五月二日。キユーガーデン吟行。同行者八田一朗、十時春雄、伊藤東籬、有吉瓦樓、森脇襄治、大林、古垣鐵郎、池田徳眞、槇原夫人、保柳夫人、小野龍人、保柳才喜、小野靜女、友次郎、章子。夕刻日本人會に戻り食後披講。 [#ここで字下げ終わり] 日本の花の提灯ともるもと [#ここから3字下げ] 五月六日。朝九時、川村、伊藤、松本、河西夫人、八田、岩崎に見送られヴイクトリア・ステーシヨン發、正午頃ドーヴアー驛著。英吉利船にて海峽を渡り午後一時半頃佛蘭西のカレー驛より乘車、五時頃巴里著。上野に迎へられ直ちにマゼスチツク・ホテルに入る。アルフレツド・スムーラを帶同して松尾邦之助來訪、うち連れて佐藤醇造を誘ひヂユリアン・ヴオカンス訪問。晩餐。席にアルベール・ポンザンありて一同と共に佛蘭西のはいかい談に花を咲かせ記念撮影。ヴオカンス邸即興。 [#ここで字下げ終わり] ハンカチの蝶と細りて尚振れる [#ここから3字下げ] 五月八日。午前十時、馬耳塞著。郵船會社に立寄り箱根丸乘船。山下馬耳塞領事來船。四時出帆。友次郎は山下領事等と共に波止場に立ち長く見送る。港内にて清三郎乘船の筥崎丸と行違ふ。 [#ここで字下げ終わり] 紅海に船早や浮ぶ歸帆|疾《と》し [#ここから3字下げ] 五月十四日。スヱズ運河通過、紅海に入る。 [#ここで字下げ終わり] 熱帶の海は日を呑み終りたる この暑さ火夫や狂はん船やとまらん [#ここから3字下げ] 五月十七日。紅海航行。暑さいよ/\劇し。 [#ここで字下げ終わり] スコールの波窪まして進み來る [#ここから3字下げ] 五月二十一日。初めてスコールに遇ふ。 [#ここで字下げ終わり] 亘りたるリオ群島は屏風なす 鰐の居る夕汐みちぬ椰子の濱 扇風機まはり熱風吹き起る [#ここから3字下げ] 五月三十日、朝、新嘉坡入港。奥田彩坡、古根勲、森野熹由、山口勝、宮地義雄、志村空葉夫妻、玉木北浪來船。玉川園に行き日本人會に於ける俳句會に赴き、轉じて森野の招宴に列し再び日本人會に赴く。深更歸船。 [#ここで字下げ終わり] 上海の梅雨懷しく上陸す [#ここから3字下げ] 六月八日。朝七時、上海著。堀場定祥、大内※[#「禾+魯」、第3水準1-89-48]水、下村非文、星野露頭佛、中村秋平、中原大烏來船。上陸、南市の半淞園《プーソンユ》に行きそれより三菱商事の招宴にて月廼家にて田中三菱商事支店長等と會食。午後五時、閘北の新月花壇のすみれ會に列席。十一時から三菱銀行上海支店の竹内良男の説明にて、フランス租界八仙橋の黄金大戲場に支那芝居を觀る。 [#ここで字下げ終わり] 船涼し左右に迎ふる對馬壹岐 [#ここから3字下げ] 六月十日。雜詠選了。對馬見え壹岐見え來る。大阪朝日九州支社より、歸朝最初の一句を送れとの電報あり。 [#ここで字下げ終わり] 戻り來て瀬戸の夏海繪の如し [#ここから3字下げ] 六月十一日。朝六時甲板に立出で楠窓と共に朝靄深く罩めたる郷里松山近くの島山を指さし語る。 [#ここで字下げ終わり] 夏潮を蹶つて戻りて陸に立つ [#ここから3字下げ] 六月十一日。神戸入港。名古屋の丹治蕪人、加藤霞村、加藤了谷。高松の村尾公羽、安藤老蕗。京都の松尾いはほ、平尾春雷、田中八重、田畑三千女、其他京阪神の諸君五六十名の出迎を受く。蘆屋のとしを居に赴き晩餐。旭川、泊月に續いて猿蓑輪講のため三重史、大馬、涙雨、九茂茅、蘇城來り小句會。それより輪講に加はり午前一時頃歸船。 [#ここで字下げ終わり] 濁り鮒腹をかへして沈みけり 蠅よけもかぶせて猫は猫板に [#ここから3字下げ] 六月十九日。家庭俳句會。發行所隣室にて。 [#ここで字下げ終わり] 朝顏の苗なだれ出し畚のふち [#ここから3字下げ] 六月二十二日。玉藻俳句會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 籐椅子にあれば草木花鳥來 我が前に夏木夏草動き來る [#ここから3字下げ] 七月十八日。風生招宴。麹町永田町、遞信次官官邸。 [#ここで字下げ終わり] 月青くかゝる極暑の夜の町 [#ここから3字下げ] 七月十九日。發行所例會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 航海やよるひるとなき雲の峰 [#ここから3字下げ] 七月二十六日。大阪玉藻會投句。 [#ここで字下げ終わり] 眉目よしといふにあらねど紺浴衣 [#ここから3字下げ] 八月七日。家庭俳句會。愛宕山、茶店。 [#ここで字下げ終わり] 麻の中雨すい/\と見ゆるかな [#ここから3字下げ] 八月十四日。草樹會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 秋の浪蹶立て歸りし船ぞこれ [#ここから3字下げ] 八月十八日。神戸にて友次郎の歸朝を迎ふ。 [#ここで字下げ終わり] 宮樣の今御成とや扇置く [#ここから3字下げ] 八月十九日。甲子園朝日新聞社席に全國中等學校野球試合を見る。 [#ここで字下げ終わり] 俳諧の忌日は多し萩の露 [#ここから3字下げ] 八月二十日。新大阪ホテルに在り。旭川邸、元忌出句。 [#ここで字下げ終わり] はる/″\と人訪ふ約や月の秋 [#ここから3字下げ] 八月二十日。神戸驛前相生町、三ツ輪亭南店に牛鍋をつゝき、それより泊月、鍋平朝臣、年尾、立子、友次郎と共に岡山に矢野蓬矢を訪ふ。 [#ここで字下げ終わり] 秋の風衣と膚吹き分つ [#ここから3字下げ] 八月三十日。家庭俳句會。深澤、水竹居邸。七夕祭。 [#ここで字下げ終わり] 藻の水に手をひたし見る沼の情 [#ここから3字下げ] 九月六日。武藏野探勝會。成田山吟行、印旛沼を舟にて渡る。 [#ここで字下げ終わり] 一夜明けて忽ち秋の扇かな よく見たる秋の扇のまづしき繪 庭石に蚊遣置かしめ端居かな つくばひに廻り燈籠の灯影かな [#ここから3字下げ] 九月九日。水竹居招宴。越央子貴族院議員就任祝賀會。きん樂。 [#ここで字下げ終わり] 命かけて芋蟲憎む女かな [#ここから3字下げ] 九月十一日。草樹會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 秋袷身を引締めて稽古事 [#ここから3字下げ] 九月十四日。笹鳴會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 目さむれば貴船の芒生けてありぬ [#ここから3字下げ] 九月十七日。京都一泊。 [#ここで字下げ終わり] 必ずしも鯊を釣らんとにはあらず [#ここから3字下げ] 九月二十七日。水竹居招宴。永田青嵐主賓。築地きん樂。 [#ここで字下げ終わり] 欄干によりて無月の隅田川 [#ここから3字下げ] 十月一日。偶成。 [#ここで字下げ終わり] 我が息を吹きとゞめたる野分かな 飛んで來る物恐ろしき野分かな [#ここから3字下げ] 十月三日。二百二十日會。清水谷公園、皆香園。 [#ここで字下げ終わり] 芭蕉忌や遠く宗祇に遡る [#ここから3字下げ] 十月十二日。笹鳴會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 椀ほどの竹生島見え秋日和 茸山の少し曇れば物淋し [#ここから3字下げ] 十月十五日。つるばみ會主催、近江國志賀郡眞野村曼陀羅山松茸狩。年尾、友次郎、王城、いはほ等と共に。 [#ここで字下げ終わり] 翡翠の紅一點につゞまりぬ [#ここから3字下げ] 十月十五日。大津紅葉館別館にて晩餐。 [#ここで字下げ終わり] 帚あり即ちとつて落葉掃く [#ここから3字下げ] 十月十六日。關西同人會。阪急沿線曾根、星ケ岡茶寮。 [#ここで字下げ終わり] 秋の水木曾川といふ名にし負ふ [#ここから3字下げ] 十月十八日。名古屋牡丹會大會吟行。日本ライン遊園地に向ふ。 [#ここで字下げ終わり] 菌など山幸多き臺所 掛稻に山又山の飛騨路かな [#ここから3字下げ] 十月十九日。遠藤韮城東道。昨夜は飛騨下呂温泉、湯の島旅館宿泊。今朝高山に行く。角正にて精進料理。 [#ここで字下げ終わり] げてものは嫌ひで飛騨の秋は好き [#ここから3字下げ] 十月十九日。げてものは白川郷が本場なりとのこと、げてもの展覽會場あり。 [#ここで字下げ終わり] 今の世も月明かに百年忌 [#ここから3字下げ] 十月二十四日。池上本門寺。三世中村歌右衞門建碑式。歌右衞門肖像畫に贊。 [#ここで字下げ終わり] 叡山の秋深かりし思ひ出で [#ここから3字下げ] 十一月一日。往年横川中堂にてはじめて澁谷慈鎧に邂逅。今は京の眞如堂の住職。その還暦祝に句を徴されて。 [#ここで字下げ終わり] 手をたゝき婢を呼びづめや風邪の妻 [#ここから3字下げ] 十一月九日。大崎會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 御神※[#「鬥<亀」、第3水準1-94-30]の凶が出でたる落葉降る [#ここから3字下げ] 十一月二十一日。木の芽會。鬼子母神境内。吉右衞門邸にて披講。 [#ここで字下げ終わり] 人に耻ぢ神には耻ぢず初詣 神は唯|臠《みそなは》すのみ初詣 推し量る神慮かしこし初詣 [#ここから3字下げ] 十二月七日。偶成。 [#ここで字下げ終わり] 雪の暮茶の時頼に句の常世 [#ここから3字下げ] 十二月十日。大正五六年頃か、鎌倉能樂堂にて「鉢木」を演ぜし時川越守男ワキを勤めくれたり。其後茶掛に句を所望せられたるに書きたる句を打ち忘れ居たるを近藤いぬゐ先頃川越の茶會に招かれ其軸を示されたるを覺え來れりとて教へくれたるもの。川越は久田家の茶の宗匠なり。 [#ここで字下げ終わり] 焚火消え一夜の宿の主なし [#ここから3字下げ] 十二月十一日。柚木湘水追悼句。嘗て湘水亭に一泊せしことあり。 [#ここで字下げ終わり] 枯芭蕉棒もたしかけありにけり [#ここから3字下げ] 十二月十一日。草樹會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 羽子板を咬へ去る犬別荘へ [#ここから3字下げ] 十二月二十五日。鎌倉俳句會。大佛境内、南浦園。 [#ここで字下げ終わり] [#改ページ]   昭和十二年 日ねもすの風花淋しからざるや [#ここから3字下げ] 一月二日。武藏野探勝會新潟行。篠田旅館泊。みづほ、素十等の歡迎を受く。 [#ここで字下げ終わり] 春著の妓右の袂に左の手 [#ここから3字下げ] 一月四日。二百二十日會。きん樂。 [#ここで字下げ終わり] 七草に更に嫁菜を加へけり [#ここから3字下げ] 一月七日。川崎利吉息安雄結婚披露。 [#ここで字下げ終わり] 加留多とる皆美しく負けまじく 雙六に負けおとなしく美しく [#ここから3字下げ] 一月八日。草樹會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 太陽を禮讚してぞ日向ぼこ 倫敦の濃霧の話日向ぼこ 伊太利の太陽の唄日向ぼこ [#ここから3字下げ] 一月十一日。友次郎と共に鎌倉驛にて電車を待つ間偶成。 [#ここで字下げ終わり] 畫家去りぬ嫣然として梅の花 [#ここから3字下げ] 一月十五日。家庭俳句會。小石川植物園。 [#ここで字下げ終わり] マスクして我と汝でありしかな [#ここから3字下げ] 一月二十三日。青邨送別を兼ね在京同人會。向島弘福寺。 [#ここで字下げ終わり] 羽ひらきたるまゝ流れ寒鴉 鳴くたびに枝踏みゆるゝ寒鴉 [#ここから3字下げ] 一月二十五日。玉藻俳句會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 化粧して氣分すぐれず春の風邪 [#ここから3字下げ] 一月二十八日。丸之内倶樂部俳句會。 [#ここで字下げ終わり] そのまゝに君紅梅の下に立て [#ここから3字下げ] 一月三十一日。深澤、水竹居邸。青邨送別會。實花あり。 [#ここで字下げ終わり] 客ありて梅の軒端の茶の煙 [#ここから3字下げ] 二月七日。武藏野探勝會。相州下曾我梅林。加來金升邸。 [#ここで字下げ終わり] 御靈屋に枝垂梅あり君知るや [#ここから3字下げ] 二月十九日。家庭俳句會。芝公園蓮池。 [#ここで字下げ終わり] かりそめの情は仇よ春寒し [#ここから3字下げ] 二月二十一日。發行所例會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 雛の顏鼻無きがごとつる/\と [#ここから3字下げ] 三月五日。家庭俳句會。澁谷櫻ケ丘、遠藤韮城邸。 [#ここで字下げ終わり] 折り/\て尚花多き宮椿 [#ここから3字下げ] 三月七日。武藏野探勝會。武州大澤梅林。 [#ここで字下げ終わり] 一枚の葉の凛として插木かな [#ここから3字下げ] 三月八日。大崎會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 雨晴れておほどかなるや春の空 [#ここから3字下げ] 三月十四日。謠句會。 [#ここで字下げ終わり] たとふれば獨樂のはぢける如くなり [#ここから3字下げ] 三月二十日。「日本及日本人」碧梧桐追悼號。碧梧桐とはよく親しみよく爭ひたり。 [#ここで字下げ終わり] 婢下僕走り出迎へ花の莊 [#ここから3字下げ] 四月二日。家庭俳句會。葉山、平、畠山別邸。 [#ここで字下げ終わり] 別莊を出て別莊へ花の坂 幹太く大いなるかな家櫻 [#ここから3字下げ] 四月八日。七寶會。大磯、高木別邸。 [#ここで字下げ終わり] 花の如く月の如くにもてなさん [#ここから3字下げ] 四月九日。田中家新築披露扇の句。女將に代りて。 [#ここで字下げ終わり] 畦を塗る鍬の光をかへしつゝ 畦塗るや首をかしげて懇に [#ここから3字下げ] 四月十二日。大崎會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] さま/″\の情のもつれ暮の春 [#ここから3字下げ] 四月十八日。發行所例會。 [#ここで字下げ終わり] 折の蓋取れば壓されて柏餅 [#ここから3字下げ] 四月二十三日。鎌倉俳句會。葉山、水竹居山莊。 [#ここで字下げ終わり] 熊蜂のうなり飛び去る棒のごと [#ここから3字下げ] 四月二十六日。玉藻俳句會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 馬醉木折つて髮に翳せば昔めき 重の内暖にして柏餅 [#ここから3字下げ] 五月六日。二百二十日會。銀座六丁目、實花宅。 [#ここで字下げ終わり] 目立たぬや同じ色なる更衣 [#ここから3字下げ] 五月十日。笹鳴會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 麥の穗の出揃ふ頃のすが/\し [#ここから3字下げ] 五月十三日。七寶會。武藏境、望田邸。 [#ここで字下げ終わり] 鯖の旬《しゆん》即ちこれを食ひにけり [#ここから3字下げ] 五月十四日。草樹會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 此宿はのぞく日輪さへも黴び えにしだの黄色は雨もさまし得ず [#ここから3字下げ] 五月十六日。發行所例會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] たゝみ來る浮葉の波のたえまなく [#ここから3字下げ] 五月二十一日。家庭俳句會。水竹居祝賀。不忍池畔雨月莊。 [#ここで字下げ終わり] 時じくぞ雨は降りける更衣 [#ここから3字下げ] 五月二十四日。「玉藻十句集(第四囘)」。 [#ここで字下げ終わり] 老い人や夏木見上げてやすらかに [#ここから3字下げ] 六月五日。水竹居祝賀會。築地、きん樂。 [#ここで字下げ終わり] 藻の花や母娘が乘りし沼渡舟 [#ここから3字下げ] 六月六日。武藏野探勝會。我孫子、谷口別邸。 [#ここで字下げ終わり] 桑の實や父を從へ村娘 [#ここから3字下げ] 六月十一日。草樹會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 見るうちに薔薇たわ/\と散り積る [#ここから3字下げ] 六月十四日。大崎會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 急がしく煽ぐ團扇の紅は浮く [#ここから3字下げ] 六月十七日。白草居自祝招待會。とんぼ。 [#ここで字下げ終わり] 昂然と泰山木の花に立つ [#ここから3字下げ] 六月十九日。白草居退職祝賀會。日比谷松本樓。 [#ここで字下げ終わり] 玉蟲の光を引きて飛びにけり [#ここから3字下げ] 六月二十日。發行所例會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 料理屑流れ行くあり船料理 [#ここから3字下げ] 六月二十四日。丸之内倶樂部俳句會。 [#ここで字下げ終わり] 三等待合晝寢の男起き上り [#ここから3字下げ] 七月三日。家庭俳句會。東京驛附近寫生。發行所にて披講。 [#ここで字下げ終わり] 親竹に若竹添へて三幹竹 [#ここから3字下げ] 七月三日。「山彦」五周年記念句會。三信ビル。 [#ここで字下げ終わり] ユーカリを仰げば夏の日幽か [#ここから3字下げ] 七月十一日。二百二十日會。鎌倉、瑞泉寺。 [#ここで字下げ終わり] 引いて來し夜店車をまだ解かず [#ここから3字下げ] 七月十四日。銀座探勝會。松屋裏、觀音堂。 [#ここで字下げ終わり] 這ひよれる子に肌脱ぎの乳房あり 肌ぬぎし如く衣紋をいなしをり [#ここから3字下げ] 七月十八日。發行所例會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] へこみたる腹に臍あり水中り [#ここから3字下げ] 七月二十二日。丸之内倶樂部俳句會。 [#ここで字下げ終わり] 月あれば夜を遊びける世を思ふ [#ここから3字下げ] 七月二十四日。夜。偶成。 [#ここで字下げ終わり] 颱風の名殘の驟雨あまたゝび [#ここから3字下げ] 七月二十六日。玉藻俳句會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 大敷の網に夏海大うねり 泳ぎ子の潮たれながら物捜す 釣堀の日蔽の下の潮青し [#ここから3字下げ] 八月一日。武藏野探勝會。眞鶴、日本水産會社大敷網。 [#ここで字下げ終わり] 避暑の濱稍さびれたる花火かな [#ここから3字下げ] 八月八日。五月雨會。水神八百松。 [#ここで字下げ終わり] 夏山やよく雲かゝりよく晴るゝ [#ここから3字下げ] 八月二十五日。箱根町、箱根ホテル。 [#ここで字下げ終わり] 松魚舟子供上りの漁夫もゐる [#ここから3字下げ] 九月五日。武藏野探勝會。芝區海岸通り、日本水産株式會社冷凍部芝浦工場。 [#ここで字下げ終わり] 屋根裏の窓の女や秋の雨 [#ここから3字下げ] 九月十日。銀座探勝會。木挽町三丁目河岸、朝日倶樂部。 [#ここで字下げ終わり] 稻妻をふみて跣足の女かな [#ここから3字下げ] 九月十一日。二百二十日會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 子の忌日妻の忌日も戈の秋 [#ここから3字下げ] 九月十九日。大連の吉田孤岳亡妻三周年の忌日も内地に歸れず事變の爲め足留めをくひ居れり、亡長男の七周年忌日が丁度子規忌當日なりと申越しければ。 [#ここで字下げ終わり] 聳えたるお西お東月の屋根 [#ここから3字下げ] 九月二十七日。「玉藻十句集(第八囘)」。 [#ここで字下げ終わり] 此谷を一人守れる案山子かな [#ここから3字下げ] 十月十一日。笹鳴會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 力なく毛見のすみたる田を眺め [#ここから3字下げ] 十月十一日。大崎會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 老人と子供と多し秋祭 [#ここから3字下げ] 十月十五日。家庭俳句會。氷川神社、あふひ居。 [#ここで字下げ終わり] 落花生喰ひつゝ讀むや罪と罰 [#ここから3字下げ] 十月十六日。發行所例會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 實をつけてかなしき程の小草かな [#ここから3字下げ] 十月二十七日。「玉藻十句集(第九囘)」。 [#ここで字下げ終わり] 眼つむれば今日の錦の野山かな [#ここから3字下げ] 十月三十一日。阪神線甲陽園播半。ましこ招宴。 [#ここで字下げ終わり] 智照尼は昔知る人薄紅葉 今も亦一時雨あり薄紅葉 [#ここから3字下げ] 十一月三日。京都牧野滯在。光悦寺に行き、祇王寺を訪ひ嵐山に遊ぶ。 [#ここで字下げ終わり] 月の子はかぐや姫にはあらざりき [#ここから3字下げ] 十一月八日。旭川より櫻坡子はじめて男子を得しとのこと言ひ來る。返事に、序あれば櫻坡子に言づてよとて。 [#ここで字下げ終わり] 秋天に赤き筋ある如くなり 秋空や玉の如くに搖曳す [#ここから3字下げ] 十一月十日。銀座探勝會。松屋裏尼寺。 [#ここで字下げ終わり] 靜さに耐へずして降る落葉かな [#ここから3字下げ] 十一月十四日。臨時句謠會。あふひ邸。 [#ここで字下げ終わり] 佇める人に菊花のうつ伏せり 人去りて冷たき石に倚れる菊 [#ここから3字下げ] 十一月十九日。家庭俳句會。杣男山莊。 [#ここで字下げ終わり] 醉ひたはれ握る冷たき老の手よ 身の上に法冷かに來りけり [#ここから3字下げ] 十一月二十二日。玉藻俳句會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 一足の石の高きに登りけり [#ここから3字下げ] 十一月二十四日。二百二十日會。鎌倉山、千穗山莊。 [#ここで字下げ終わり] 柴漬の悲しき小魚ばかりかな 雜炊や後生大事といふことを [#ここから3字下げ] 十一月二十五日。丸之内樂倶部俳句會。 [#ここで字下げ終わり] 枯るゝ庭ものの草紙にあるがごと 黒きしみつとあり五郎兵衞柿とかや 此庭も夫唱婦隨の枯るゝまゝ [#ここから3字下げ] 十一月三十日。風生居招宴。 [#ここで字下げ終わり] 鼻の上に落葉をのせて緋鯉浮く 落葉敷く荒波を敷く如くなり [#ここから3字下げ] 十二月二日。家庭俳句會。植物園寫生、椎花邸招宴。 [#ここで字下げ終わり] 牛立ちて二三歩あるく短き日 [#ここから3字下げ] 十二月五日。武藏野探勝會。横濱在子安、子安農園。 [#ここで字下げ終わり] 鐵板を踏めば叫ぶや冬の溝 [#ここから3字下げ] 十二月八日。銀座探勝會。松屋裏、尼寺。 [#ここで字下げ終わり] 砲火そゝぐ南京城は爐の如し かゝる夜も將士の征衣霜深し 寒紅梅馥郁として招魂社 [#ここから3字下げ] 十二月九日。東京朝日新聞社より南京陷落の句を徴されて。 [#ここで字下げ終わり] 女を見連れの男を見て師走 [#ここから3字下げ] 十二月十一日。二百二十日會。松坂屋寫生、實花居。 [#ここで字下げ終わり] 我生や今日の短き日も惜しゝ [#ここから3字下げ] 十二月十三日夜。大崎會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 首卷もせよ祝つても貰ふべし [#ここから3字下げ] 十二月十五日。風早浦の人還暦祝の句を認むとて。 [#ここで字下げ終わり] 話のせて車まつしぐら暮の町 [#ここから3字下げ] 十二月十七日。家庭俳句會。あふひ邸。 [#ここで字下げ終わり] かる/″\と上る目出度し餅の杵 [#ここから3字下げ] 十二月十八日。發行所例會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 冬日柔か冬木柔か何れぞや 冬木中生徒の列の現れ來 [#ここから3字下げ] 十二月二十二日。「立子句集」出版記念會。上野公園梅川。 [#ここで字下げ終わり] 寒雨降りそゝげる中の枝垂梅 冬麗ら花は無けれど枝垂梅 [#ここから3字下げ] 十二月二十四日。鎌倉俳句會。要山、香風園。 [#ここで字下げ終わり] 行年や歴史の中に今我あり [#ここから3字下げ] 十二月二十五日。謠句會。向島百花園、千歳。 [#ここで字下げ終わり] [#改ページ]   昭和十三年 初句會浮世話をするよりも [#ここから3字下げ] 一月一日。旭川、年尾、友次郎と共に初句會。 [#ここで字下げ終わり] 粛々と群聚はすゝむ初詣 清淨の空や一羽の寒鴉 [#ここから3字下げ] 一月二日。武藏野探勝會。明治神宮初詣。日本青年館。 [#ここで字下げ終わり] 褄とりて獨り靜に羽子をつく [#ここから3字下げ] 一月三日。向島弘福寺。旭川、秋琴女歡迎。 [#ここで字下げ終わり] 焚火かなし消えんとすれば育てられ 追羽子のいづれも上手姉妹 [#ここから3字下げ] 一月七日。家庭俳句會。百花園、千歳。 [#ここで字下げ終わり] せはしなく暮れ行く老の短き日 [#ここから3字下げ] 一月八日。二百二十日會。木挽町、田中家。 [#ここで字下げ終わり] 爛々と曉の明星浮寢鳥 [#ここから3字下げ] 一月十日夜。大崎會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 水餅の壺の蓋とる窓明り [#ここから3字下げ] 一月十四日。草樹會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 寒肥を皆やりにけり梅櫻 春水や子を抛る真似しては止め [#ここから3字下げ] 一月二十日。家庭俳句會。日比谷公園。 [#ここで字下げ終わり] 人形の前に崩れぬ寒牡丹 [#ここから3字下げ] 玉藻例會。 [#ここで字下げ終わり] 何事の頼みなけれど春を待つ [#ここから3字下げ] 一月二十四日。玉藻俳句會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 床の花已に古びや松の内 [#ここから3字下げ] 一月二十七日。「玉藻十句集(第十二囘)」 [#ここで字下げ終わり] 畦一つ飛び越え羽搏つ寒鴉 凍鶴の首を伸して丈高き [#ここから3字下げ] 一月二十七日。丸之内倶樂部俳句會。 [#ここで字下げ終わり] 焚火してくれる情に當りもし [#ここから3字下げ] 一月三十日。句謠會。百花園。千歳。 [#ここで字下げ終わり] 旗のごとなびく冬日をふと見たり [#ここから3字下げ] 二月四日。家庭俳句會。小石川植物園。 [#ここで字下げ終わり] 小ざつぱりしたる身なりや針納 町娘笑みかはし行く針供養 [#ここから3字下げ] 二月七日。二百二十日會。白山招宴。銀茶寮。 [#ここで字下げ終わり] 病にも色あらば黄や春の風邪 [#ここから3字下げ] 二月十二日。草樹會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 猫柳又現はれし漁翁かな [#ここから3字下げ] 二月十四日。笹鳴會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 春宵をあだに過ぎなば悔あらん [#ここから3字下げ] 二月十五日。奈王招宴。新橋灘萬。 [#ここで字下げ終わり] 猫柳ほゝけし上にかゝれる日 うしほ今|和布《め》を東《ひんがし》に流しをり 潮の中和布を刈る鎌の行くが見ゆ [#ここから3字下げ] 二月十九日。發行所例會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 提灯の照らせる空や夜の梅 [#ここから3字下げ] 二月二十日。鳴雪十三囘忌を修す。丸之内倶樂部日本間。 [#ここで字下げ終わり] 橋に立てば春水我に向つて來 [#ここから3字下げ] 三月六日。武藏野探勝會。和田堀、明治大學、本願寺墓地等。 [#ここで字下げ終わり] 煎つてゐる雛のあられの花咲きつ 遠ざけて引寄せもする春火桶 [#ここから3字下げ] 三月七日。二百二十日會。銀座五丁目東仲通、菊の家。 [#ここで字下げ終わり] 啓蟄や日はふりそゝぐ矢の如く [#ここから3字下げ] 三月十一日。草樹會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 櫻貝波にものいひ拾ひ居る 朧夜や男女行きかひ/\て [#ここから3字下げ] 三月二十四日。丸之内倶樂部俳句會。 [#ここで字下げ終わり] 竹林に黄なる春日を仰ぎけり 藁屋根に春空青くそひ下る [#ここから3字下げ] 三月二十五日。鎌倉俳句會。名越、立正安國論寺。 [#ここで字下げ終わり] 鬱々と花暗く人病みにけり [#ここから3字下げ] 四月三日。武藏野探勝會。神代村、深大寺。 [#ここで字下げ終わり] 彼の女春日まぶしく瞬けり [#ここから3字下げ] 四月四日。二百二十日會。深澤、水竹居邸。 [#ここで字下げ終わり] 肴屑爼にあり花の宿 語り傳へ謠ひ傳へて梅若忌 忌日あり碑あり梅若物語 [#ここから3字下げ] 四月十一日。大崎會。富士見町、三輪女邸。 [#ここで字下げ終わり] 垣外の暮春の道の小さゝよ [#ここから3字下げ] 四月二十一日。鎌倉俳句會。山之内、淨智寺。 [#ここで字下げ終わり] 遠足の野路の子供の列途切れ [#ここから3字下げ] 四月二十五日。玉藻俳句會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 手を上げて別るゝ時の春の月 [#ここから3字下げ] 四月二十八日。「玉藻十句集(第十五囘)」。 [#ここで字下げ終わり] 杉落葉して境内の廣さかな [#ここから3字下げ] 四月二十八日。丸之内倶樂部俳句會。 [#ここで字下げ終わり] 春闌暑しといふは勿體なし [#ここから3字下げ] 五月一日。武藏野探勝會。小石川後樂園、涵徳亭。 [#ここで字下げ終わり] 分け行けば躑躅の花粉袖にあり [#ここから3字下げ] 五月六日。家庭俳句會。駒込、六義園。 [#ここで字下げ終わり] 夏暖簾垂れて靜に紋所 [#ここから3字下げ] 五月十三日。銀座探勝會。松屋七階貴賓室。 [#ここで字下げ終わり] バスの棚の夏帽のよく落ること [#ここから3字下げ] 五月十七日。佐渡に一遊。 [#ここで字下げ終わり] 校服の少女汗くさく活溌に [#ここから3字下げ] 六月三日。家庭俳句會。日比谷公園。 [#ここで字下げ終わり] 鵜の森のあはれにも亦騒がしく [#ここから3字下げ] 六月五日。武藏野探勝會。千葉在大巖寺、鵜の森。 [#ここで字下げ終わり] 新しき蚊帳板のごと釣られけり [#ここから3字下げ] 六月十日。草樹會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 梅雨傘をさげて丸ビル通り拔け [#ここから3字下げ] 六月十七日。家庭俳句會。丸ビル寫生。 [#ここで字下げ終わり] 欄干に江山低し蚤ふるふ [#ここから3字下げ] 六月十八日。發行所例會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 休んだり休まなんだり梅雨工事 [#ここから3字下げ] 六月二十日。田中家招宴。 [#ここで字下げ終わり] 我思ふまゝに孑孑うき沈み [#ここから3字下げ] 六月二十三日。丸之内倶樂部俳句會。 [#ここで字下げ終わり] 箱庭の月日あり世の月日なし 己が羽の拔けしを啣へ羽拔鳥 [#ここから3字下げ] 六月二十四日。鎌倉俳句會。深澤村、寺分、陣出園温泉宿。 [#ここで字下げ終わり] 聞えざる涼み芝居を唯見をり [#ここから3字下げ] 七月四日。二百二十日會。淺草仲見世、萬屋。女劍劇大江美智子一座。 [#ここで字下げ終わり] 桃葉湯丁稚つれたる御寮人 滴りの岩屋の佛花奉る [#ここから3字下げ] 七月八日。草樹會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 句拾ふや芒さゝやき露語る 蕋の朱が花瓣にしみて孔雀草 虻と蝶向合ひすがる九階草 [#ここから3字下げ] 七月九日。句謠會。百花園、千歳。 [#ここで字下げ終わり] 雜沓の中に草市立つらしき [#ここから3字下げ] 七月十二日。銀座探勝會。東海堂屋上、朝顏を見る。ついで東海堂主人の本宅に招ぜらる。 [#ここで字下げ終わり] 泣きじやくりして髮洗ふ娘かな 喜びにつけ憂きにつけ髮洗ふ [#ここから3字下げ] 七月二十五日。玉藻俳句會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 端居して垣の外面の世を見居る [#ここから3字下げ] 七月二十七日。「玉藻十句集(第十八囘)」。 [#ここで字下げ終わり] 晩涼や謠の會も番すゝみ [#ここから3字下げ] 八月二十一日。あるじ慰問、句謠會。本田あふひ邸。 [#ここで字下げ終わり] 破れ傘さして遊ぶ子秋の雨 病人に野分の夜を守りけり [#ここから3字下げ] 九月一日。家庭俳句會。あふひ居。 [#ここで字下げ終わり] 棟竝めて早稻田大學秋の空 [#ここから3字下げ] 九月七日。七寶會。小石川高田豐川町、田原久吉邸。 [#ここで字下げ終わり] 友を葬る老の殘暑の汗を見る 面やつれしてかつ/\と夜食かな [#ここから3字下げ] 九月九日。草樹會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 夜半に起き娘が宿を訪ふ野分かな [#ここから3字下げ] 九月十二日。笹鳴會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 紫蘇の實を鋏の鈴の鳴りて摘む [#ここから3字下げ] 九月十六日。家庭俳句會。あふひ邸。 [#ここで字下げ終わり] 砧盤あり差出す灯の下に 山河こゝに集り來り下り簗 [#ここから3字下げ] 九月二十二日。丸之内倶樂部俳句會。 [#ここで字下げ終わり] 秋風や心の中の幾山河 [#ここから3字下げ] 九月二十九日。「玉藻十句集(第二十囘)」。 [#ここで字下げ終わり] 一面に月の江口の舞臺かな 目のあたり月の遊女の船遊び [#ここから3字下げ] 十月二日。武藏野探勝會。寶生能樂堂に野口兼輔の「江口」を觀る。 [#ここで字下げ終わり] もの置けばそこに生れぬ秋の蔭 [#ここから3字下げ] 十月三日。二百二十日會。木挽町、田中家。 [#ここで字下げ終わり] 何某に扮して月に歩きをり 須く月の一句の主たれ [#ここから3字下げ] 十月八日。觀月句会。大船、松竹撮影所。 [#ここで字下げ終わり] 嗜まねど温め酒はよき名なり [#ここから3字下げ] 十月十日夜。大崎會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 夕闇の蘆荻音なく舟著きぬ [#ここから3字下げ] 十月十五日。發行所例會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 肌寒も殘る寒さも身一つ [#ここから3字下げ] 十月二十日。一行の中に年尾も加はり、高松栗林公園内、掬月亭俳句會。此夜高松古新町かしく泊。善通寺に正一郎伍長を訪ふ。 [#ここで字下げ終わり] 歴史悲し聞いては忘る老の秋 [#ここから3字下げ] 十月二十一日。屋島に遊ぶ。 [#ここで字下げ終わり] 病床の人訪ふたびに秋深し [#ここから3字下げ] 十月二十五日。家庭俳句會。あふひ居。 [#ここで字下げ終わり] 竝び陷つ廣東武漢秋二つ 悦びに戰く老の温め酒 [#ここから3字下げ] 十月二十五日。東京朝日新聞より需めらるゝまゝに武漢陷落を祝する句のうち。 [#ここで字下げ終わり] 眞東に向はしめたる像の秋 これよりや時雨落葉と忙がしき [#ここから3字下げ] 十一月三日。武藏調布上布田三〇四、新田霞霧園隣地、虚子胸像除幕式。 [#ここで字下げ終わり] つやゝかな竹の床几を菊に置く [#ここから3字下げ] 十一月六日。武藏野探勝會。小金井、大正園。 [#ここで字下げ終わり] 我靜なれば蜻蛉來てとまる [#ここから3字下げ] 十一月七日。二百二十日會。清水谷公園、皆香園。 [#ここで字下げ終わり] 凍蝶の眉高々とあはれなり [#ここから3字下げ] 十一月十四日。笹鳴會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 手拭にうち拂ひつゝ夕時雨 [#ここから3字下げ] 十一月二十六日。「玉藻十句集(第二十二囘)」。 [#ここで字下げ終わり] 焚火そだてながら心は人を追ふ 右手《めて》は勇|左手《ゆんで》は仁や懷手 [#ここから3字下げ] 十一月二十八日。玉藻俳句會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 大枯木己が落葉を慕ひ立つ [#ここから3字下げ] 十一月三十日。比古、立子、汀女、香雲と共に小石川植物園。 [#ここで字下げ終わり] 焚火そだてゐたりしが立ち歩み去る [#ここから3字下げ] 十二月二日。家庭俳句會。あふひ邸。 [#ここで字下げ終わり] 枯萩の立ちよれば粗に遠のけば 掃きしあと落葉を急ぐ大樹かな [#ここから3字下げ] 十二月四日。武藏野探勝會。小石川植物園。共同印刷會社三階會議室。 [#ここで字下げ終わり] うらむ氣は更にあらずよ冷たき手 [#ここから3字下げ] 十二月九日。草樹會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 草庵に温石の暖唯一つ [#ここから3字下げ] 十二月十日。句謠會。あふひ邸。 [#ここで字下げ終わり] 老はものの何か忙がし短き日 [#ここから3字下げ] 十二月十二日。笹鳴會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 白眼に互に日向ぼこりかな [#ここから3字下げ] 十二月十二日夜。大崎會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 襟卷に深く埋もれ歸去來《かへんなん》 [#ここから3字下げ] 十二月十八日。和歌山市外三田和田、竈山神社獻句式歸路車中。 [#ここで字下げ終わり] 山端は寒し素逝を顧みし [#ここから3字下げ] 十二月十九日。京都山端平八に行く。素逝、王城、比古、年尾、紫尹と共に。 [#ここで字下げ終わり] 背布團狆に著せ紐長く持ち [#ここから3字下げ] 十二月二十日。京饌寮。王城、比古、三千女と共に。 [#ここで字下げ終わり] 金屏にともし火の濃きところかな [#ここから3字下げ] 十二月二十一日。「玉藻十句集(第二十三囘)」。 [#ここで字下げ終わり] [#改ページ]   昭和十四年 初詣神慮は測り難けれど 願ぎ事はもとより一つ初詣 [#ここから3字下げ] 一月一日。明治神宮初詣。 [#ここで字下げ終わり] 雲亂れ霰忽ち降り來り [#ここから3字下げ] 一月八日。武藏野探勝會百囘記念。鎌倉鶴ケ岡八幡宮初詣。海濱院。 [#ここで字下げ終わり] 龍の玉深く藏すといふことを [#ここから3字下げ] 一月九日。笹鳴會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 大寒にまけじと老の起居かな [#ここから3字下げ] 一月十三日。草樹會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 悴める手は憎しみに震へをり [#ここから3字下げ] 一月十六日。二百二十日會。京橋、灘萬。蓬矢招宴。 [#ここで字下げ終わり] 花のごと流るゝ海苔をすくひ網 [#ここから3字下げ] 一月十九日。物芽會。品川、洲崎館。 [#ここで字下げ終わり] 其中に境垣あり冬木立 [#ここから3字下げ] 一月二十日。家庭俳句會。あふひ邸。 [#ここで字下げ終わり] 女禮者らしく古風につゝましく [#ここから3字下げ] 一月二十三日。玉藻句會。丸ビル集會室。 [#ここで字下げ終わり] 藪入や母にいはねばならぬこと [#ここから3字下げ] 一月二十五日。「玉藻十句集(第二十四囘)」。 [#ここで字下げ終わり] 石はうる人をさげすみ寒鴉 紅梅の舊正月の門邊かな [#ここから3字下げ] 一月二十六日。丸之内倶樂部俳句會。 [#ここで字下げ終わり] 寒き故我等四五人なつかしく [#ここから3字下げ] 一月三十日。京都南禪寺瓢亭。いはほ招宴。いはほ、靜子、王城、野風呂、雨城、のぶほ、千代子、比古。 [#ここで字下げ終わり] 暮れて行く枯木も加茂の御社も [#ここから3字下げ] 一月三十一日。下鴨、糺の森。木屋町大千賀。王城等鹿笛同人招宴。年尾と共に。 [#ここで字下げ終わり] 取り亂し人に逢はざる風邪寢かな かぼそくも打臥しおはす風邪寢かな [#ここから3字下げ] 二月六日。二百二十日會。白山招宴。銀茶寮。 [#ここで字下げ終わり] 冴えかへるそれも覺悟のことなれど [#ここから3字下げ] 二月十日。草樹會。丸之内倶樂部別室。 [#ここで字下げ終わり] 春の波小さき石に一寸躍り [#ここから3字下げ] 二月十二日。日本探勝會第一囘。蒲郡、常磐館にて。 [#ここで字下げ終わり] 茶房暗し春灯は皆隱しあり [#ここから3字下げ] 二月十四日。銀座探勝會。西銀座、レデー・タウン。 [#ここで字下げ終わり] 春水をたゝけばいたく窪むなり [#ここから3字下げ] 二月十六日。物芽會。清水谷公園、皆香園。 [#ここで字下げ終わり] ついて來る人を感じて長閑なり [#ここから3字下げ] 二月十七日。家庭俳句會。本田あふひ邸。 [#ここで字下げ終わり] 雪の果これより野山大いに笑ふ [#ここから3字下げ] 二月十八日。發行所例會。丸ビル四階、水産倶樂部。 [#ここで字下げ終わり] 春水に歩みより頭《づ》をおさへたる [#ここから3字下げ] 二月二十四日。鎌倉俳句會。鶴ケ岡八幡社務所。 [#ここで字下げ終わり] 紅梅の京を離れて住むは厭や [#ここから3字下げ] 二月二十五日。「玉藻十句集(第二十五囘)」。 [#ここで字下げ終わり] 春雲は棚曳き機婦は織り止めず そこを行く春の雲あり手を上げぬ 緑竹の下やそゞろに青む草 [#ここから3字下げ] 三月四日。句謠會。鎌倉、香風園。 [#ここで字下げ終わり] 花まばら小笹原なる風の梅 [#ここから3字下げ] 三月五日。日本探勝會。伊豆大仁、大仁温泉ホテル。韮城會主。 [#ここで字下げ終わり] たとふればすみ田の春のゆきしごと [#ここから3字下げ] 三月九日。蚊杖を通じ、老年にて身まかりたる名女將といはれし柳橋林家女將追福の通※[#「糸+伏」、64-9]紗に句を乞はれて。 [#ここで字下げ終わり] 物の芽にふりそゝぐ日をうち仰ぎ [#ここから3字下げ] 三月十四日夜。大崎會。丸之内倶樂部別室。 [#ここで字下げ終わり] 運命は笑ひ待ちをり卒業す [#ここから3字下げ] 三月十八日。發行所例會。丸ビル四階、水産倶樂部。 [#ここで字下げ終わり] 春寒もいつまでつゞく梅椿 [#ここから3字下げ] 三月二十二日。偶成。 [#ここで字下げ終わり] 土手の上に顏出し話す草を摘む [#ここから3字下げ] 三月二十三日。丸之内倶樂部俳句會。 [#ここで字下げ終わり] 春草のこの道何かなつかしく [#ここから3字下げ] 三月二十四日。鎌倉俳句會。明月院。 [#ここで字下げ終わり] 初蝶を夢の如くに見失ふ [#ここから3字下げ] 三月二十九日。玉藻俳句會。小石川植物園。 [#ここで字下げ終わり] くもりたる古鏡の如し朧月 [#ここから3字下げ] 四月四日。一江招宴。日本橋、濱田家。 [#ここで字下げ終わり] 黄いろなる眞赤なるこの木瓜の雨 細き幹傳ひ流るゝ木瓜の雨 [#ここから3字下げ] 四月六日。二百二十日會。鎌倉淨智寺、灘萬別莊。おはん東道。 [#ここで字下げ終わり] 立上り而して歩む春惜しむ [#ここから3字下げ] 四月二十四日。玉藻俳句會。丸ビル四階水産倶樂部。 [#ここで字下げ終わり] 草餅をつまみ江山遙なり [#ここから3字下げ] 四月二十六日。「玉藻十句集(第二十七囘)」。 [#ここで字下げ終わり] 黒虻の尻の黄色が逆立ちぬ [#ここから3字下げ] 五月六日。句謠會。鎌倉、香風園。 [#ここで字下げ終わり] 昔こゝ六浦《むつら》とよばれ汐干狩 [#ここから3字下げ] 五月七日。日本探勝會。武州金澤、金澤園。 [#ここで字下げ終わり] 道々の餘花を眺めてみちのくへ 餘花に逢ふ再び逢ひし人のこと [#ここから3字下げ] 五月十三日。仙臺俳句會兼題をおくる。 [#ここで字下げ終わり] かはほりや窓の女をかすめ飛ぶ [#ここから3字下げ] 五月十六日。青邨歸朝歡迎會。向島弘福寺。 [#ここで字下げ終わり] 麥飯もよし稗飯も辭退せず [#ここから3字下げ] 五月十七日。丸之内倶樂部俳句會。 [#ここで字下げ終わり] 面つゝむ津輕をとめや花林檎 [#ここから3字下げ] 五月二十五日。風生等と共に仙臺俳句會に臨み、小樽に高木一家を訪ひ、歸路大鰐に手古奈に會す。加賀助旅館。 [#ここで字下げ終わり] 代馬は大きく津輕富士小さし [#ここから3字下げ] 五月二十六日。猿賀村、猿賀神社吟行。 [#ここで字下げ終わり] みちのくの旅に覺えし薄暑かな [#ここから3字下げ] 五月二十六日。大館を經て湯瀬温泉に至る。 [#ここで字下げ終わり] 夏の月かゝりて色もねずが關 [#ここから3字下げ] 五月二十七日。湯瀬出發、尾去澤鑛山一見、花輪に出で、瀬波温泉に向ふ。瀬波温泉にて、みづほ、素十等に會す。 [#ここで字下げ終わり] 濱茄子の丘を後にし旅つゞく [#ここから3字下げ] 五月二十八日。村上在、瀬波温泉、三島家旅館。 [#ここで字下げ終わり] 葡萄榾ちよろ/\燃えて夏爐かな 煙管に火つけて夏爐にかしこまる [#ここから3字下げ] 五月二十八日。龜田、綾華居。 [#ここで字下げ終わり] 相語り池の浮葉もうなづきぬ [#ここから3字下げ] 五月三十一日。紅緑上京。肋骨、鼠骨と四人、不忍、笑福亭に會す。 [#ここで字下げ終わり] 任重く心輕しや更衣 [#ここから3字下げ] 六月二日。吉田週歩の滿州に行くを送る。 [#ここで字下げ終わり] 梅雨晴間打水しある門を入る [#ここから3字下げ] 六月八日。七寶會。近藤いぬゐ邸。 [#ここで字下げ終わり] 供華のため畦に芍藥つくるとか [#ここから3字下げ] 六月十日。昨夜、夜汽車にて上野を發す。朝六時八分三日市著。直ちに黒部鐵道にて宇奈月に行く。延對寺泊り。蓬矢知事東道。 [#ここで字下げ終わり] 岩の上の大夏木の根八方に 夏山やトロに命を托しつゝ 雪溪の下にたぎれる黒部川 [#ここから3字下げ] 六月十一日。黒部峽探勝。 [#ここで字下げ終わり] 汝にやる十二單衣といふ草を [#ここから3字下げ] 六月十一日。黒部峽探勝。つき來りし宿の婢に。 [#ここで字下げ終わり] 蟲螻蛄と侮られつゝ生を享く [#ここから3字下げ] 六月十六日。大崎會。丸之内倶樂部別室。 [#ここで字下げ終わり] 遠目にはあはれとも見つ栗の花 梅雨といふ暗き頁の暦かな [#ここから3字下げ] 六月十七日。發行所例會。丸ビル四階、水産倶樂部。 [#ここで字下げ終わり] 夏風邪はなか/\老に重かりき [#ここから3字下げ] 七月一日。句謠會。鎌倉香風園。 [#ここで字下げ終わり] 祖《おや》を守り俳諧を守り守武忌 [#ここから3字下げ] 七月六日。朝日新聞の需めにより。開戰記念日を迎ふる句のうち。 [#ここで字下げ終わり] 船搖れて瓶花傾く涼しさよ [#ここから3字下げ] 七月二十二日。日本探勝會。鎌倉丸乘船。有馬行。午後零時三十分出帆。 [#ここで字下げ終わり] 崖ぞひの暗き小部屋が涼しくて [#ここから3字下げ] 七月二十三日。有馬温泉、兵衞旅館。 [#ここで字下げ終わり] 此上は比叡の座主の秋を待つ [#ここから3字下げ] 八月十四日。澁谷慈鎧眞如堂より毘沙門堂門跡に榮轉せられしを祝す。 [#ここで字下げ終わり] 打水をよろめきよけて病犬 [#ここから3字下げ] 九月二日(二百十日)。句謠會。鎌倉、香風園。 [#ここで字下げ終わり] 松の月暗し/\と轡蟲 [#ここから3字下げ] 九月八日。草樹會。丸之内倶樂部別室。 [#ここで字下げ終わり] 秋風やうかとしてゐし一大事 [#ここから3字下げ] 九月十二日。二百二十日會。清水谷、皆香園。 [#ここで字下げ終わり] 秋風は芙蓉の花にやゝあらく [#ここから3字下げ] 九月十三日。七寶會。市公園となりし百花園。 [#ここで字下げ終わり] 見苦しや殘る暑さの久しきは 三日月のにほやかにして情あり [#ここから3字下げ] 九月十五日。大崎會。丸之内倶樂部特別室。 [#ここで字下げ終わり] 老松の己の露を浴びて濡れ 老松に露の命の人往來 老松のたゞ知る昔秋の風 [#ここから3字下げ] 九月二十二日。鎌倉俳句會。戸塚在、舊東海道松竝木、老松茶屋。 [#ここで字下げ終わり] 母を呼ぶ娘や高原の秋澄みて 山の日は暑しといへど秋の風 [#ここから3字下げ] 九月二十四日。蓼科高原。 [#ここで字下げ終わり] 山々の男振り見よ甲斐の秋 [#ここから3字下げ] 九月二十四日。蓼科高原よりの歸路。 [#ここで字下げ終わり] かき濁し/\して澄める水 [#ここから3字下げ] 九月二十六日。「玉藻十句集(第三十二囘)」。 [#ここで字下げ終わり] 月も亦とゞむるすべも無かりけり 大空を見廻して月弧なりけり [#ここから3字下げ] 九月二十六日。觀月句會。深澤、三越倶樂部。 [#ここで字下げ終わり] 黄な蝶のつういと飛べば目路も黄に [#ここから3字下げ] 十月七日。句謠會。鎌倉、香風園。 [#ここで字下げ終わり] 風知草女主の居間ならん [#ここから3字下げ] 十月十日。二百二十日會。赤坂新坂、吉田旅館。 [#ここで字下げ終わり] たかあしの膳に菓子盛り紅葉寺 坂少し下りて中堂薄紅葉 [#ここから3字下げ] 十月十五日。日本探勝會。比叡山本坊貴賓室にて。 [#ここで字下げ終わり] 秋雨や刻々暮るゝ琵琶の湖 [#ここから3字下げ] 十月十六日。琵琶湖ホテルにて。木槿會。 [#ここで字下げ終わり] 鳰がゐて鳰の海とは昔より [#ここから3字下げ] 十月十七日。琵琶湖ホテル滯在。 [#ここで字下げ終わり] 淋しさの故に清水に名をもつけ [#ここから3字下げ] 十月十七日。幻住庵句會。大津ホトトギス會主催。 [#ここで字下げ終わり] 思ひ佗び此夜寒しと寢まりけり 夜寒さを佗びてはなひる許りなり [#ここから3字下げ] 十月二十三日。「玉藻十句集(第三十三囘)」。 [#ここで字下げ終わり] 野を淺くわたりし裾に草じらみ 老ぬればあたゝめ酒も猪口一つ [#ここから3字下げ] 十月二十三日。玉藻俳句會。丸之内倶樂部日本間。 [#ここで字下げ終わり] 秋風やとある女の或る運命《さだめ》 [#ここから3字下げ] 十二月十四日。銀座探勝會。松屋裏、煉瓦亭。 [#ここで字下げ終わり] 朝鵙に掃除夕鵙に掃除かな [#ここから3字下げ] 十月二十六日。物芽會。上野、梅川亭。 [#ここで字下げ終わり] 歴史悲し人の訃悲し秋の雨 [#ここから3字下げ] 十月二十六日。「鷄頭陣」に菊山當年男の壽貞尼の話を讀みて悲し。王城の訃到る亦悲し。 [#ここで字下げ終わり] 水際なる蘆の一葉も紅葉せり [#ここから3字下げ] 十月二十七日。鎌倉俳句會。百二十囘。片瀬河畔逍遙。まさを居。 [#ここで字下げ終わり] 君と共に四十年《よんじふねん》の秋を見し [#ここから3字下げ] 十一月二日。王城追悼。 [#ここで字下げ終わり] よき衣によろこびつける草虱 行く人を待ちてとびつく草虱 [#ここから3字下げ] 十一月六日。玉藻吟行會。鎌倉松ケ丘、東慶寺。 [#ここで字下げ終わり] 明治節大帝日和かしこしや [#ここから3字下げ] 十一月十日。草樹會。一ツ橋、學士會館。 [#ここで字下げ終わり] 柴漬にまこと消ぬべき小魚かな [#ここから3字下げ] 十一月十三日。笹鳴會。丸之内倶樂部日本間。 [#ここで字下げ終わり] 雨の柚子とるとて妹の姉かぶり [#ここから3字下げ] 十一月十四日。玉藻例會。日本橋、高島屋。 [#ここで字下げ終わり] 麥蒔やいつまで休む老一人 しまひまで見ずに廻状年の暮 [#ここから3字下げ] 十一月十七日。大崎會。丸之内倶樂部特別室。 [#ここで字下げ終わり] 屏風屋の上り框に老の客 [#ここから3字下げ] 十一月二十二日。丸之内倶樂部俳句會。 [#ここで字下げ終わり] 日と月をかゝげ目出度し明の春 [#ここから3字下げ] 十一月二十五日。偶成。 [#ここで字下げ終わり] 手毬唄かなしきことをうつくしく [#ここから3字下げ] 十二月一日。大崎會。丸之内倶樂部別室。 [#ここで字下げ終わり] うか/\と咲き出でしこの歸り花 後ろにもうつれる人や初鏡 老しづかなるは二日も同じこと 梳きぞめや眦をつと引きゆがめ [#ここから3字下げ] 十二月六日。玉藻吟行會。高島屋特別室。 [#ここで字下げ終わり] 一壺あり破魔矢をさすにところを得 [#ここから3字下げ] 十二月七日。二百二十日會。田中家、漾人主催。 [#ここで字下げ終わり] 見送りし仕事の山や年の暮 [#ここから3字下げ] 十二月十四日。七寶會。芝、紅葉館。水竹居主催。 [#ここで字下げ終わり] 枯草に尚さま/″\の姿あり 高々と枯れ了せたる芒かな もの皆の枯るゝ見に來よ百花園 [#ここから3字下げ] 十二月十六日。家庭俳句會。韮城・椎花古稀祝。百花園、千歳。 [#ここで字下げ終わり] そこにあるありあふものを頬被 [#ここから3字下げ] 十二月十九日。銀座探勝會。西銀座六丁目、瀧山ビル、餅喜汁粉屋。 [#ここで字下げ終わり] この後の一百年や國の春 [#ここから3字下げ] 十二月十九日。紀元二千六百年。 [#ここで字下げ終わり] 砂よけの垣あり冬木皆かしぎ [#ここから3字下げ] 十二月二十二日。鎌倉俳句會。海濱院。 [#ここで字下げ終わり] 向き/\に羽子ついてゐる廣場かな 羽子板を口にあてつゝ人を呼ぶ 親心靜に落葉見てをりて [#ここから3字下げ] 某日。深川正一郎曹長を通じて、傷兵達に俳句を奬勵する善通寺陸軍病院長坪倉大佐へ。 [#ここで字下げ終わり] 霜の楯月の劍に句を守る [#ここから3字下げ] 十二月二十七日。小田黒潮中佐歡迎會。丸之内倶樂部日本間。 [#ここで字下げ終わり] 冬籠書齋の天地狹からず 炭斗や個中の天地自ら [#ここから3字下げ] 十二月二十八日。丸之内倶樂部俳句會忘年會。京橋、蔓安。 [#ここで字下げ終わり] 湯婆の一温何にたとふべき 一日もおろそかならず古暦 [#ここから3字下げ] 十二月二十九日。玉藻忘年會。鎌倉、香風園。 [#ここで字下げ終わり] 大扉今しまりけり除夜詣 [#ここから3字下げ] 十二月三十一日。除夜詣。淺草觀音。江の島料理のだや。 [#ここで字下げ終わり] [#改ページ]   昭和十五年 初乘や由井の渚を駒竝めて [#ここから3字下げ] 一月一日。 [#ここで字下げ終わり] 嚴かに注連の内てふ言葉あり 凍土につまづきがちの老の冬 羽子板を犬咥へ來し芝生かな [#ここから3字下げ] 一月八日。笹鳴會。丸之内倶樂部日本間。 [#ここで字下げ終わり] 大寒の埃の如く人死ぬる 大寒や見舞に行けば死んでをり 悴める手上げて人を打たんとす 悴める手上げて見て垂らしけり [#ここから3字下げ] 一月九日。さみだれ會。日本橋倶樂部。 [#ここで字下げ終わり] 福壽草遺産といふは藏書のみ 松過ぎの又も光陰矢の如く [#ここから3字下げ] 一月十日。玉藻俳句會。高島屋特別室。 [#ここで字下げ終わり] 万才の佇み見るは紙芝居 [#ここから3字下げ] 一月十一日。七寶會。近藤いぬゐ邸。 [#ここで字下げ終わり] 寒といふ字に金石の響あり 大寒といふといへどもすめらみくに 寒眞中高々として産《あ》れし聲 悴める手にさし上げぬ火酒の杯 [#ここから3字下げ] 一月十二日。草樹會。學士會館。 [#ここで字下げ終わり] まろびたる娘より轉がる手毬かな 万才のうしろ姿も惠方道 なりふりもかまはずなりて着膨れて 雜踏や街の柳は枯れたれど [#ここから3字下げ] 一月十三日。二百二十日會。銀茶寮。 [#ここで字下げ終わり] 照り曇り心のまゝの冬日和 [#ここから3字下げ] 一月十五日。玉藻吟行會。麹町永田町、眞下宅。 [#ここで字下げ終わり] 布團干しながら苫船出るところ [#ここから3字下げ] 一月十七日。物芽會。品川、洲崎館。 [#ここで字下げ終わり] 福引に一國を引當てんかな [#ここから3字下げ] 一月十八日。家庭俳句會。丸之内倶樂部日本間。 [#ここで字下げ終わり] 春場所の其横綱の男ぶり [#ここから3字下げ] 一月十九日。大崎會。丸之内倶樂部別室。 [#ここで字下げ終わり] 日についでめぐれる月や水仙花 [#ここから3字下げ] 一月二十三日。「玉藻十句集(第三十六囘)」。 [#ここで字下げ終わり] 避寒して世を逃るゝに似たるかな [#ここから3字下げ] 一月二十五日。丸之内倶樂部俳句會。 [#ここで字下げ終わり] 水仙に春待つ心定まりぬ [#ここから3字下げ] 一月二十六日。鎌倉俳句會。海濱院。 [#ここで字下げ終わり] 鎌倉に實朝忌あり美しき 壽福寺はおくつきどころ實朝忌 實朝忌由井の浪音今も高し [#ここから3字下げ] 二月三日。句謠會。鎌倉、香風園。 [#ここで字下げ終わり] 又こゝに猫の戀路ときゝながし [#ここから3字下げ] 二月九日。草樹會。一ツ橋、學士會館。 [#ここで字下げ終わり] 櫻餅女の會はつゝましく [#ここから3字下げ] 二月十日。二百二十日會。麹町永田町二丁目、眞下宅。 [#ここで字下げ終わり] 子を抱いて老いたる蜑や猫柳 [#ここから3字下げ] 二月十二日。笹鳴會。丸之内倶樂部日本間。 [#ここで字下げ終わり] ものゝ芽や仕事は常に運びゐる [#ここから3字下げ] 二月十六日。大崎會。丸之内倶樂部別室。 [#ここで字下げ終わり] 尼寺に小句會あり鳴雪忌 [#ここから3字下げ] 二月二十日。銀座探勝會。松屋裏、尼寺。 [#ここで字下げ終わり] 櫻餅籠無造作に新しき [#ここから3字下げ] 二月二十一日。物芽會。銀座八丁目、キユーペル。 [#ここで字下げ終わり] おほどかに日を遮りぬ春の雲 [#ここから3字下げ] 二月二十三日。鎌倉俳句會。たかし庵。 [#ここで字下げ終わり] 春雪の繽紛として舞ふを見よ [#ここから3字下げ] 三月一日。家庭俳句會。丸之内倶樂部日本間。 [#ここで字下げ終わり] 語りつゝ歩々紅梅に歩み寄る 紅梅を折りて挿めばねびまさる 春宵の此一刻を惜むべし [#ここから3字下げ] 三月九日。二百二十日會。木挽町、田中家。 [#ここで字下げ終わり] 窓の灯の消えて綾なし春の泥 [#ここから3字下げ] 三月十四日。「玉藻五句集(第三十八囘)」。 [#ここで字下げ終わり] 主なき家ながら垣繕へり 繕ひし垣根めぐらし隱れ栖む [#ここから3字下げ] 三月十五日。大崎會。丸之内倶樂部別室。 [#ここで字下げ終わり] 蝶もとびふるさと人もたもとほり [#ここから3字下げ] 四月三日。玉藻例會。高島屋特別室。 [#ここで字下げ終わり] 花の宿ならざるはなき都かな 病む子あり花にも一家樂しまず [#ここから3字下げ] 四月五日。家庭俳句會。あふひ女史追悼。芝公園、花岳院。 [#ここで字下げ終わり] 榾火焚き呉るゝ女はかはりをり [#ここから3字下げ] 四月七日。夢中に得たる句。 [#ここで字下げ終わり] 春眠の一句はぐくみつゝありぬ 春眠を起すすべなく見まもれり 春眠や靉靆として白きもの 春眠の一ゑまひして美しき [#ここから3字下げ] 四月八日。笹鳴會。丸之内倶樂部別室。 [#ここで字下げ終わり] 花散るや鈍な鴉の翅あたり [#ここから3字下げ] 四月十一日。七寶會。芝公園、池の端茶店。 [#ここで字下げ終わり] やゝ暑く八重の櫻の日蔭よし [#ここから3字下げ] 四月十七日。物芽會。紀尾井町、皆香園。 [#ここで字下げ終わり] 廻らぬは魂ぬけし風車 [#ここから3字下げ] 四月十八日。丸之内倶樂部俳句會。 [#ここで字下げ終わり] ぼうたんに葭簀の雨はあらけなし [#ここから3字下げ] 四月二十一日。日本探勝會。横濱三溪園。待春軒に小憩、觀月庵にて句會。聚樂邸北殿の一部臨春閣を見る。 [#ここで字下げ終わり] 夏山の谷をふさぎし寺の屋根 [#ここから3字下げ] 四月二十六日。鎌倉俳句會。海藏寺。 [#ここで字下げ終わり] 妹が宿春の驟雨に立ち出づる [#ここから3字下げ] 四月二十七日。二百二十日會。築地三ノ六、築地會館武原はん方。 [#ここで字下げ終わり] 牡丹花の雨なやましく晴れんとす 涼しさは下品下生の佛かな [#ここから3字下げ] 五月三日。家庭俳句會。九品物淨眞寺。 [#ここで字下げ終わり] ゆく春の書に對すれば古人あり 風吹いて暮春の蝶のあわたゞし [#ここから3字下げ] 五月四日。句謡會。鎌倉、香風園。 [#ここで字下げ終わり] 濱砂に儚き夢の小草かな [#ここから3字下げ] 五月五日。日本探勝會。小田原、齋藤香村居。 [#ここで字下げ終わり] 古袷著て輕暖にをりにけり 喧騒の蛙の聲の中に讀む [#ここから3字下げ] 五月八日。玉藻俳句會。高島屋三階特別室。 [#ここで字下げ終わり] 柏餅家計賤しといふに非ず [#ここから3字下げ] 五月九日。七寶會。杉並大宮八幡遊園地茶店。 [#ここで字下げ終わり] 牡丹花の面影のこし崩れけり [#ここから3字下げ] 五月九日。楠目橙黄子を悼む。(五月八日午後三時三十分逝去)。 [#ここで字下げ終わり] 山里や軒の菖蒲に雲ゆきゝ [#ここから3字下げ] 五月十日。草樹會。一ツ橋、學士會館。 [#ここで字下げ終わり] 輕暖や坐臥進退も意のまゝに [#ここから3字下げ] 五月十六日。深川正一郎歡迎句會。丸之内倶樂部日本間。 [#ここで字下げ終わり] 買喰ひをして來よと子に祭錢 [#ここから3字下げ] 五月十七日。物芽會。吾妻橋倶樂部。 [#ここで字下げ終わり] 背の順に坐り竝びぬ絲取女 [#ここから3字下げ] 五月十七日。大崎會。丸之内倶樂部別室。 [#ここで字下げ終わり] 風折々汀のあやめ吹き撓め [#ここから3字下げ] 五月二十四日。鎌倉俳句會。材木座光明寺。 [#ここで字下げ終わり] 頭にて突き上げ覗く夏暖簾 [#ここから3字下げ] 五月三十日。丸之内倶樂部俳句會。 [#ここで字下げ終わり] 一院の靜なるかな杜若 [#ここから3字下げ] 六月五日。玉藻俳句會。高島屋三階特別室。 [#ここで字下げ終わり] 鯉の水涼しく動きどうしかな [#ここから3字下げ] 六月九日。日本探勝會。板橋區、豐島園。 [#ここで字下げ終わり] 營々と蠅を捕りをり蠅捕器 [#ここから3字下げ] 六月十四日。草樹會。一ツ橋、學士會館。 [#ここで字下げ終わり] 羽拔鳥卒然として駈けりけり [#ここから3字下げ] 六月二十七日。丸之内倶樂部俳句會。 [#ここで字下げ終わり] 松の雨つい/\と吸ひ蟻地獄 [#ここから3字下げ] 六月二十九日。鎌倉俳句會。藤澤遊行寺。 [#ここで字下げ終わり] 父老健に喜雨又到る安んぜよ 喜雨到る後顧の憂更に無し [#ここから3字下げ] 六月三十日。大阪放送局より戰線の將士に贈る俳句といふを徴されて。 [#ここで字下げ終わり] 大木の幹に纏ひて夏の影 [#ここから3字下げ] 七月七日。東子房・小蔦結婚披露俳句會。愛宕山、嵯峨野。 [#ここで字下げ終わり] 雷雲に卷かれ來りし小鳥かな [#ここから3字下げ] 八月三日。富士山麓山中湖畔草廬。 [#ここで字下げ終わり] 秋風の俄に荒し山の庵 [#ここから3字下げ] 八月七日。富士山麓山中湖畔草廬。 [#ここで字下げ終わり] 門前の坂に名附けん秋の風 [#ここから3字下げ] 八月八日。富士山麓山中湖畔草廬。 [#ここで字下げ終わり] 朔北の秋風に意を強うする [#ここから3字下げ] 八月十六日。哈爾濱俳句大會に寄す。 [#ここで字下げ終わり] 旅の秋寢間著になりて又まとゐ [#ここから3字下げ] 八月十七日。句謡會。元箱根、松坂屋。 [#ここで字下げ終わり] 霧の中小鳥頻りに渡りけり 吾も亦紅なりとついと出で [#ここから3字下げ] 九月四日。玉藻例會。高島屋特別室。 [#ここで字下げ終わり] 徳川の三百年の夏木あり 世智辛き浮世咄や門涼み [#ここから3字下げ] 九月六日。家庭俳句會。上野、梅川亭。 [#ここで字下げ終わり] 秋雨やほそ/″\ながら續く會 [#ここから3字下げ] 九月七日。句謡會。鎌倉、香風園。 [#ここで字下げ終わり] 秋風や相默したる汝れと吾れ [#ここから3字下げ] 九月九日。笹鳴會。丸之内倶樂部別室。 [#ここで字下げ終わり] 衰へし野分に鴉一羽飛び [#ここから3字下げ] 九月十八日。物芽會。百花園。 [#ここで字下げ終わり] 我命つゞく限りの夜長かな [#ここから3字下げ] 九月二十日。「玉藻五句集(第四十四囘)」。 [#ここで字下げ終わり] なつかしや花野に生ふる一つ松 [#ここから3字下げ] 九月二十日。大崎會。丸之内倶樂部特別室。 [#ここで字下げ終わり] 秋風や相逢はざるも亦よろし [#ここから3字下げ] 九月二十四日。藤崎完より漢詩一篇を贈り來りしに返す。山中湖畔草廬。 [#ここで字下げ終わり] 名をへくそかづらとぞいふ花盛り [#ここから3字下げ] 九月二十九日。日本探勝會。上野、寛永寺。 [#ここで字下げ終わり] 爪立てをして手を上げて秋高し 高原に立ちはだかりて秋高し [#ここから3字下げ] 十月八日。二百二十日會。木挽町、灘萬。奈王招待。 [#ここで字下げ終わり] 秋風に吹かれ白らめる面かな [#ここから3字下げ] 十月十九日。玉藻俳句會。高島屋特別室。 [#ここで字下げ終わり] 荷船にも釣る人ありて鯊の潮 [#ここから3字下げ] 十月十一日。草樹會。一ツ橋、學士會館。 [#ここで字下げ終わり] 芋の葉のいや/\合點々々かな [#ここから3字下げ] 十月十二日。句謡會。鎌倉、香風園。 [#ここで字下げ終わり] 刈らるゝを待つ枯萩の風情かな [#ここから3字下げ] 十月十四日。笹鳴會。丸之内倶樂部特別室。 [#ここで字下げ終わり] 大杉に隱れて御堂秋の風 [#ここから3字下げ] 十月十九日。京都鷹ケ峰光悦寺、王城句碑除幕式。萬竹堂にて句會。妻子を伴ふ。 [#ここで字下げ終わり] 秋の海荒るゝといふも少しばかり 拜謁や菊花の階を恐懼して 拜謁を賜りければ菊の花 御船今靜に進む夜長かな [#ここから3字下げ] 十月二十四日。別府龜の井を出て乘船。船中。 [#ここで字下げ終わり] 秋風や心激して口吃る [#ここから3字下げ] 十月三十一日。丸之内倶樂部俳句會。 [#ここで字下げ終わり] 秋晴や心ゆるめば曇るべし [#ここから3字下げ] 十一月一日。家庭俳句會。丸之内倶樂部別室。 [#ここで字下げ終わり] 吾《わ》も老いぬ汝《なれ》も老いけり大根馬 [#ここから3字下げ] 十一月八日。玉藻俳句會。澁谷道玄坂上、二葉。 [#ここで字下げ終わり] 初時雨あるべき空を見上げつゝ [#ここから3字下げ] 十一月八日。草樹會。一ツ橋、學士會館。 [#ここで字下げ終わり] 金屏に高御座あり出御まだ 出御今二千六百年天高し [#ここから3字下げ] 十一月十日。紀元二千六百年式典に參列。 [#ここで字下げ終わり] 老い朽ちて子供の友や大根馬 嘶きてよき機嫌なり大根馬 [#ここから3字下げ] 十一月十二日。二百二十日會。銀座六丁目、實花宅。 [#ここで字下げ終わり] 大石に這ひ寄りかゝる小菊かな [#ここから3字下げ] 十一月十四日。七寶會。向島、百花園。 [#ここで字下げ終わり] 冬ぬくし老の心も華やぎて [#ここから3字下げ] 十一月十六日。大崎會。丸之内倶樂部別室。 [#ここで字下げ終わり] 供へ置きし柿たうべばやと思ひけり [#ここから3字下げ] 十一月十九日。銀座探勝會。松屋裏、尼寺。 [#ここで字下げ終わり] 籠負ひて焚火煙に現れ來 立ち昇る茶碗の湯氣の紅葉晴 よろ/\と棹がのぼりて柿挾む [#ここから3字下げ] 十一月二十二日。鎌倉俳句會。たかし庵。 [#ここで字下げ終わり] 墨の線一つ走りて冬の空 雲なきに時雨を落す空が好き [#ここから3字下げ] 十一月二十八日。丸之内倶樂部俳句會。 [#ここで字下げ終わり] 立ち昇る炊煙の上に歸り花 [#ここから3字下げ] 十一月二十八日。「玉藻五句集(第四十六囘)」。 [#ここで字下げ終わり] おでんやを立ち出でしより低唱す [#ここから3字下げ] 十二月六日。家庭俳句會。日比谷公園。 [#ここで字下げ終わり] 時雨るゝを仰げる人の眉目かな [#ここから3字下げ] 十二月七日。句謡會。鎌倉、香風園。 [#ここで字下げ終わり] 草枯るゝ日數を眺め來りけり [#ここから3字下げ] 十二月九日。笹鳴會。丸之内倶樂部別室。 [#ここで字下げ終わり] 羽搏きて覺めもやらざる浮寢鳥 [#ここから3字下げ] 十二月十日。二百二十日會。木挽町、田中家。 [#ここで字下げ終わり] 大佛に到りつきたる時雨かな [#ここから3字下げ] 十二月十二日。七寶會。鎌倉大佛、南浦園。 [#ここで字下げ終わり] 鼕々と昇り來りし初日かな [#ここから3字下げ] 十二月十三日。草樹會。一ツ橋、學士會館。 [#ここで字下げ終わり] マスクして我を見る目の遠くより 我が生は淋しからずや日記買ふ 鞄さげ時雨るゝ都と見かう見 [#ここから3字下げ] 十二月十七日。銀座探勝會。東京朝日新聞社向側、ニユー・トウキヨウ。 [#ここで字下げ終わり] 橋をゆく人悉く息白し [#ここから3字下げ] 十二月十八日。物芽會。淺草山内、岡田。 [#ここで字下げ終わり] 年忘れ老は淋しく笑まひをり うち笑める眉目秀でゝマスクかな [#ここから3字下げ] 十二月二十日。大崎會。丸之内倶樂部別室。 [#ここで字下げ終わり] 懷手して人込みにもまれをり 懷手して洛陽の市にあり 懷手して俳諧の徒輩たり 懷手して論難に對しをり 懷手して宰相の器たり 左手は無きが如くに懷手 [#ここから3字下げ] 十二月二十六日。丸之内倶樂部俳句會。赤坂永田町二ノ七、待月莊。 [#ここで字下げ終わり] さまよへる風はあれども日向ぼこ 美しく耕しありぬ冬菜畑 冬日濃しなべて生きとし生けるもの [#ここから3字下げ] 十二月二十七日。鎌倉俳句會。海濱ホテル。 [#ここで字下げ終わり] 北風に人細り行き曲り消え [#ここから3字下げ] 十二月三十日。東京句謡會。丸之内倶樂部日本間。 [#ここで字下げ終わり] 神前の落葉掃く賤相ついで [#ここから3字下げ] 十二月三十一日。信濃神社は宗良親王を祀る。奉納の句を徴さる。 [#ここで字下げ終わり] 伏して思ふ朧々の昔かな [#ここから3字下げ] 十二月三十一日。霧島神社奉納句を徴さる。 [#ここで字下げ終わり] 伸び上り高く抛りぬ札納 人顏はやうやく見えず除夜詣 [#ここから3字下げ] 十二月三十一日。除夜詣句會。淺草寺境内、江の島料理。 [#ここで字下げ終わり] 底本:「定本高濱虚子全集 第二巻」毎日新聞社    1973(昭和48)年11月20日発行 底本の親本:「五百五十句」櫻井書店    1943(昭和18)年10月発行 入力:小川春休 2010年1月3日公開