川端茅舎句集 川端茅舎 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)小提灯《こぢやうちん》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)露|凝《こ》ることよ [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数) (例)※[#「石+隣のつくり」、第3水準1-89-14] -------------------------------------------------------    秋 露径深う世を待つ弥勒尊 夜店はや露の西國立志編 露散るや提灯の字のこんばんは 巖隠れ露の湯壺に小提灯《こぢやうちん》 夜泣する伏屋は露の堤陰 親不知はえたる露の身そらかな 白露に阿吽《あうん》の旭さしにけり 白露に金銀の蠅とびにけり 露の玉百千萬も葎かな ひろ/″\と露曼陀羅の芭蕉かな 白露をはじきとばせる小指かな 白露に乞食《こつじき》煙草ふかしけり 桔梗の露きび/\とありにけり 桔梗の七宝の露欠けにけり 白露に鏡のごとき御空かな 金剛の露ひとつぶや石の上 一聯の露りん/\と糸芒 露の玉蟻たぢ/\となりにけり 就中《なかんづく》百姓に露|凝《こ》ることよ 白露の漣《さざなみ》立ちぬ日天子 玉芒みだれて露を凝らしけり 玉芒ぎざ/\の露ながれけり 白露に薄薔薇色の土龍《もぐら》の掌《て》 白露が眩ゆき土龍可愛らし 日輪に露に土龍は掌を合せ 露の玉ころがり土龍ひつこんだり 秋暑し榎枯れたる一里塚 新涼や白きてのひらあしのうら そこはかと茶の間の客や秋の暮 塔頭《たつちゆう》の鐘まち/\や秋の雨 秋風や薄情にしてホ句つくる 秋風や袂《たもと》の玉はナフタリン めの字絵馬堂一面に秋晴るゝ ちら/\と眼に金神《こんじん》や秋の風 二三点灯りし森へ月の道 この頃や寝る時月の手水鉢 僧酔うて友の頭撫づる月の縁 和尚また徳利さげくる月の庭 月明し煙うづまく瓦竈 葛飾の月の田圃を終列車 月の道踏み申す師の影法師 森を出て花嫁来るよ月の道 筏《いかだ》衆ぬる温泉《ゆ》に月の夜をあかす 釣人に鼠あらはれ夕月夜 明月や碁盤の如き珠数屋町 葭切《よしきり》の静まり果てし良夜かな 白樺の露にひゞける華厳かな 牛乳《ちち》を呼ぶ夜霧の駅は軽井沢 観世音おはす花野の十字路 釣人のちらりほらりと花野道 釣針をひさぐ一つ家花野道 秋の水湛へし下に湯壺かな 頬白や雫し晴るゝ夕庇 頬白やひとこぼれして散り/″\に 露の玉大きうなりぬ鵙猛る 猛り鵙ひう/\空へ飛べりけり 御空より発止と鵙や菊日和 下り鮎一聯過ぎぬ薊《あざみ》かげ 蜩《ひぐらし》や早鼠つく御佛飯 蜩に十日の月のひかりそむ 蚯蚓《みみず》鳴く御像は盲させ給ふ 蚯蚓鳴く六波羅蜜寺しんのやみ 蚯蚓鳴く人の子寝まる草の庵 放屁蟲《へひりむし》かなしき刹那々々かな しんがりは鞠躬如《きつきゆうじよ》たり放屁蟲 放屁蟲ヱホバは善《よし》と観《み》たまへり 行楽の眼に柿丸し赤や黄や 葡萄棚洩るゝ日影の微塵かな 亀甲の粒ぎつしりと黒葡萄 水満てし白き器に葡萄かな 茱萸《ぐみ》噛めば仄かに渋し開山忌 紅葉谷の上に巍々たり御本山 石垣に固めし院の紅葉かな 院々の肉煮ゆる香や夕紅葉 草花やはしりがきする水塔婆 梵妻や芋煮て庫裡《くり》をつかさどる 芋腹をたゝいて歓喜童子かな 八方を睨める軍鶏や芋畑 芋の葉を目深に馬頭観世音 如是我聞《によぜがもん》大師は芋を石となしぬ 肥|担《かつ》ぐ汝等|比丘《びく》や芋の秋 藪がしら自然薯の蔓たぐりそむ 自然薯の逃げて波うつ藪畳 自然薯の身空ぶる/\掘られけり 水霜にまつたき芭蕉広葉かな 土砂降に一枚飛びし芭蕉かな 舷《ふなべり》のごとくに濡れし芭蕉かな 明暗を重ねて月の芭蕉かな 一張羅破れそめたる芭蕉かな 破芭蕉|猶《なほ》数行をのこしけり [#改ページ]    冬 耳塚の前ひろ/″\と師走かな 短日の照し終せず真紅《まくれな》ゐ 山内にひとつ淫祠や小六月 大年の常にもがもな弥陀如来 しぐるゝや僧も嗜む実母散 湯ぶねより一くべたのむ時雨かな 時雨るゝや又きこしめす般若湯 涙ぐむ粥あつ/\や小夜時雨 夕粥や時雨れし枝もうちくべて 鞘堂の中の御霊屋《おたまや》夕時雨 しぐるゝや粥に抛《なげう》つ梅法師 袖乞のしぐれながらに鳥辺山 時雨来と水無瀬《みなせ》の音を聴きにけり かぐはしや時雨すぎたる歯朶《しだ》の谷 通天やしぐれやどりの俳諧師 しぐるゝや目鼻もわかず火吹竹 酒買ひに韋駄天走り時雨|沙弥《しやみ》 しぐるゝや笛のごとくに火吹竹 梅擬《うめもどき》つら/\晴るゝ時雨かな しぐるゝや日がな火を吹く咽喉佛 しぐるゝや閻浮壇金《えんぶだごん》の実一つ 御僧や時雨るゝ腹に火薬めし 時雨来と栴檀林にあそびをり しぐるゝや沙弥竈火を弄ぶ 小夜時雨開山さまはおきて居し 鼠らもわが家の子よ小夜時雨 時雨鳩わが肩に来て頬に触れ 花を手に浄行《じやうぎやう》菩薩《ぼさつ》しぐれをり ぎつしりと金看板や寒の雨 雪模様|卒都婆《そとば》の垣をかためけり 牡丹雪林泉鉄のごときかな 雪晴の障子細目に慈眼かな しん/\と雪降る空に鳶《とび》の笛 月の雪あを/\闇を染めにけり 物陰に月の雪あり一とちぎれ 白雪を冠れる石のかわきをり 一枚の餅のごとくに雪残る 渦巻いて芒は雪を被り居り 誰か来るみつし/\と雪の門 雪の上どつさり雪の落ちにけり 霜ばしら選佛場をかこみけり 霜柱土階の層をなしにけり 霜柱こゝ櫛の歯の欠けにけり 霜柱甘藷先生かくれけり 霜柱ひつこぬけたる長さかな 霜柱そだちし石のほとりかな 凩《こがらし》の中に灯りぬ閻魔堂《えんまだう》 寒月の通天わたるひとりかな 寒月や見渡すかぎり甃 寒月や穴の如くに黒き犬 鐘楼や城の如くに冬の山 氷る夜や抱きしめたる菩提心 氷る夜の文殊《もんじゆ》に燭をたてまつる 狐火に俥上ながらの添乳かな 達磨《だるま》忌や僧を眺めて俳諧師 病僧やかさりこそりと年用意 欄間より小夜風通ふ蒲団かな ちび/\の絵筆また捨て日向ぼこ 前住の貼りしつくろふ助炭かな 日の障子とても助炭の静けさに 笹鳴や呪文となへて子守沙弥 いちはやき旭は輪蔵に寒雀 銀杏《いてふ》ちる童男童女ひざまづき 寒椿線香の鞘はしりける 枯薊《かれあざみ》心頭の花燃えにけり うちなびき音こそなけれ枯芒 たら/\と日が真赤ぞよ大根引 生馬《いきうま》の身を大根でうづめけり 大根馬菩薩面して眼になみだ 絃歌わく二階の欄も干大根 大根引身を柔かに伸ばしけり 大根馬かなしき前歯見せにけり [#ここから2字下げ] 新年 四句 [#ここで字下げ終わり] 初春の二時うつ島の旅館かな 初凪の岩より舟に乗れと云ふ 初富士や石段下りて稚児ヶ淵 初富士や崖の鵯どり谺《こだま》して [#改ページ]    春 春寒やお蝋流るゝ苔の上 春寒やお瀧様とて竹の奥 暖かや飴の中から桃太郎 麗かや砂糖を掬《す》くふ散蓮華 麗かや松を離るゝ鳶の笛 春暁や先づ釈迦牟尼に茶湯して 春暁や音もたてずに牡丹雪 春昼や人形を愛づる観世音 春宵や光り輝く菓子の塔 春の夜や寝れば恋しき観世音 春の夜やちよろりと出づる御蝋番 春の夜や女に飲ます陀羅尼助 春の夜の秋より長し草の庵 行春や茶屋になりたる女人堂 九品佛《くほんぶつ》迄てく/\と春惜む 子守|沙弥《しやみ》心経《しんぎやう》うたふおぼろかな 朧夜の塔のほとりに影法師 骨壺をいだいて春の天が下 春天に鳩をあげたる伽藍かな 又立ちし鳩の羽音や花曇 春雷や牡丹の蕾まつ蒼に 春泥に子等のちんぼこならびけり 涅槃会《ねはんゑ》に吟じて花鳥諷詠詩 眉描いて来し白犬や佛生会 甘茶佛杓にぎはしくこけたまふ 灌佛や鳶の子笛を吹きならふ 草摘に光り輝く運河かな 草摘の頭光る子負ひにけり 草摘の負へる子石になりにけり 御本山二十重の畦を塗りかたむ 広縁や囀り合へる右左 囀や銀貨こぼれし頭陀袋《づだぶくろ》 囀や拳固くひたき侍者恵信 囀の清らに覚めぬ僧房夢 燕や烈風に打つ白き腹 揚雲雀花の庵の厨より 啓蟄《けいちつ》を啣《くは》へて雀飛びにけり 鳴く蛙探海燈はさかしまに 漣《さざなみ》の中に動かず蛙の目 蛙の目越えて漣又さゞなみ こま/″\と白き歯並や櫻鯛 櫻鯛かなしき眼玉くはれけり 水門に少年の日の柳鮠《やなぎばえ》 蜂の尻ふわ/\と針をさめけり 蜆《しじみ》舟石山の鐘鳴りわたる 菜の花の岬を出でゝ蜆舟 梅咲いて花の初七日いゝ天気 梅咲いて鉄条網の倒れあり 椿道綺麗に昼もくらきかな 桃の里家鴨に藍を流しけり 木蓮の落ちくだけあり寂光土 花隠れ呪文きこゆるお瀧様 初花や竹の奥より朝日かげ 花明り蛙もなかぬ心字池 山高みこのもかのもに花の雲 花の雲鳩は五色に舞ひあそぶ 蹶《け》ちらして落花とあがる雀かな 花吹雪瀧つ岩ねのかゞやきぬ 藤浪の松より竹へ清閑寺 西方の日に飛ぶことよ銀杏の芽 銀杏の芽み空に飛べば白鳩も 銀杏の芽分ン厘ン具ふ形かな 大銀杏無尽蔵なる芽ふきけり 銀杏の芽こぼれて伝ふ乳房かな 岨の道くづれて多羅の芽ふきけり 花大根黒猫鈴をもてあそぶ そゞろ出て蕨《わらび》とるなり老夫婦 虎杖《いたどり》を啣《くは》へて沙弥や墓掃除 生魚すぐ飽き萵苣《ちしや》を所望かな 常寂《とこさび》の御池針生ふ水草かな ふか/″\と森の上なる蝶の空 泣き蟲の父に眩《まぶ》しや蝶の空 蝶の空七堂伽藍さかしまに 蝶々にねむる日蓮大菩薩 一蝶に雪嶺の瑠璃ながれけり 雪嶺に条紋の蝶|※[#「石+隣のつくり」、第3水準1-89-14]《かがや》かず 雪嶺を落ち来たる蝶|小緋縅《こひをどし》 紛々と蝶むらがりぬ尽大地 [#改ページ]    夏 月涼し僧も四条へ小買物 金銀の光涼しき薬かな 白日のいかづち近くなりにけり 蝶の羽のどつと流るゝ雷雨かな 迎火や風の葎のかげによせ 迎火や露の草葉に燃えうつり 迎鐘ひくうしろより出る手かな 金輪際《こんりんざい》わりこむ婆や迎鐘 からくりの鉦《かね》うつ僧や閻魔堂 閻王や菎蒻《こんにやく》そなふ山のごと 御宝前のりだし給ふ閻魔かな 菎蒻に切火たばしる閻魔かな 日盛や綿をかむりて奪衣婆 大どぶにうつる閻魔の夜店の灯 侍者恵信糞土の如く昼寝たり 昼寝|比丘《びく》壁画の天女まひあそぶ 昼寝覚うつしみの空あを/\と 飲食《おんじき》のうしとて昼寝びたりかな 繭を掻く町の外れに温泉寺 土手越えて早乙女足を洗ひけり 定斎売《ぢよさいうり》畜生犬の舌垂るゝ 玉巻きし芭蕉ほどけし新茶かな 夏氷鋸荒くひきにけり 飴湯のむ背に負ふ千手観世音 翡翠《かはせみ》の影こん/\と溯り 幾重ね金魚の桶をひらきけり 蛇消えし草葉のかげは濃紫 万筋の芒流るゝ螢かな 螢火の瓔珞《やうらく》たれしみぎはかな 蟻地獄見て光陰をすごしけり 花合歓《はなねむ》に蛾眉なが/\し午後三時 花合歓の葉ごしにくらき蝶々かな 寒気だつ合歓の逢魔がときのかげ 総毛だち花合歓紅をぼかし居り 盧遮那佛《るしやなぶつ》若葉ぬきんで慈眼《みそなは》す 水晶の念珠に映る若葉かな 桑の実や苅萱堂に遊びけり 若竹や鞭の如くに五六本 雙輪のぼうたん風にめぐりあふ 月白し牡丹のほむら猶《なほ》上る 散牡丹ぼうたんの葉に草の葉に ぼうたんのまへに嶮しや潦《にはたづみ》 百合の蘂皆りんりんとふるひけり 真白な風に玉解く芭蕉かな 玉解いて芭蕉は天下たひらかに 青芒|日照雨《そぼえ》鎬をけづり来る 横たはる西瓜の号はツエペリン 草じらみ袖振り合ふも句兄弟 伽羅蕗の滅法辛き御寺かな 新藷の既にあかきもうちまじり もてなすに金平糖《こんぺいたう》や麦の秋 麦|埃《ぼこり》赤光の星森を出づ [#ここから2字下げ] 新盆 四句 [#ここで字下げ終わり] 露涼し※[#「虫+果」、第4水準2-87-59]※[#「羸」の「羊」に代えて「虫」、第4水準2-87-91]《すがる》の唸りいくすぢも 迎火に合歓さん/\と咲き翳し 聖霊の茄子の形となりにけり 底本:「川端茅舎 松本たかし集 現代俳句の世界 3」朝日新聞社    1985(昭和60)年2月20日第1刷発行 底本の親本:「川端茅舎句集」玉藻社    1934(昭和9)年発行 ※献辞、序文及び跋文は底本において省略されている。 入力:小川春休 校正:(未了) 2008年3月23日公開