白日 渡邊水巴 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)鮓《すし》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)聖者の訃|海鼠《なまこ》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数) (例)※[#「奚+隹」、第3水準1-93-66] ------------------------------------------------------- [#ここから1字下げ] 第壱篇 [#ここで字下げ終わり] [#ここから2字下げ] 四季雑詠 [#ここから割り注]自昭和四年仲秋[#改行]至昭和十一年初夏[#ここで割り注終わり] [#ここで字下げ終わり] [#ここから3字下げ] 新年 [#ここで字下げ終わり] 花屋いでゝ満月に年立ちにけり 枯草にまじる蓬の初日かな [#ここから4字下げ] 修善寺 [#ここで字下げ終わり] 山路来て正月青き芒かな 正月や山雀あそぶ松さくら [#ここから3字下げ] 春 [#ここで字下げ終わり] さゞ波は立春の譜をひろげたり [#ここから4字下げ] 青梅街道 [#ここで字下げ終わり] 早春や枯木常盤木たばこ店 空も星もさみどり月夜、春めきぬ 浮葉みえてさゞ波ひろき彼岸かな 灌仏の横向いてゐる夕日かな 海苔舟や鷺みな歩く潮の中 椿映る水やゐもりを追ふゐもり 散るも咲くも枝垂れ明りや薄紅梅 山風のひく音深し梅咲かず 山風は荒御魂飛ぶ梅白し [#ここから4字下げ] 富岳好晴 [#ここで字下げ終わり] 山をあふれ/\水辺のげんげかな 桃咲くやあけぼのめきし夕映に てのひらに落花とまらぬ月夜かな [#ここから4字下げ] 掛茶屋 [#ここで字下げ終わり] 汁粉すゝる新兵に花過ぎにけり 日と空といづれか溶くる八重桜 [#ここから4字下げ] 鹿野山 [#ここで字下げ終わり] かたまつて薄き光の菫かな 九十九谷春行く径消えにけり [#ここから3字下げ] 夏 [#ここで字下げ終わり] 水中の日に繩を張る田植かな [#ここから4字下げ] 与瀬舟遊 [#ここで字下げ終わり] 六月の鶯ひゞく荒瀬かな 篠懸の皮噛む虫や夕立雲 [#ここから4字下げ] 箱根大涌谷 [#ここで字下げ終わり] 土用の日巻きこめし霧の匂かな [#ここから4字下げ] 十国峠に登る [#ここで字下げ終わり] 航空《かうくう》燈台暑し草山尨然と 釣竿の竹大束や鰹船 [#ここから4字下げ] 修理 [#ここで字下げ終わり] 船に打つ五尺の釘や夏の海 墓原の鴉きこゆや氷店 下りまじき光や高う行く螢 [#ここから4字下げ] 鷺山(埼玉野田) [#ここで字下げ終わり] 白鷺の牡丹かすめて飛びあへり 花桐やながれあふ鷺脚黒き 竹の子や抱卵の鷺冷々と 巣を造る小鷺は楚々と飛ぶ若葉 摶ち合つて若葉にくづれ鷺叫ぶ 鷺死んで下る新樹の白日や [#ここから4字下げ] 東郷元師の葬列お濠端を通過す [#ここで字下げ終わり] 新緑や皇居名残の霊柩車 水蜜桃や夜気にじみあふ葉を重ね 天つ日の寂寞さ牡丹咲きいでぬ ぼうたんや七宝焼《しつぱう》の壺に紅たるゝ [#ここから4字下げ] 東海禅寺 [#ここで字下げ終わり] 離れ咲く牡丹は淡し椎落葉 [#ここから3字下げ] 秋 [#ここで字下げ終わり] 初秋の花つけてゐる柘榴かな 釣舟や鈴の光の秋涼し 蒼空や桑くゞりゆく秋の暮 [#ここから4字下げ] 麹町元園町にて [#ここで字下げ終わり] 仲秋や空めぐる鶴かたむかず 仲秋や屋根の上行く大き鶴 天の原鶴去つて残暑すみにけり 秋風や眼を張つて啼く油蝉 [#ここから4字下げ] 武州高尾山に南浪の精霊を弔ひて [#ここで字下げ終わり] 秋風や墓の下なる滝の音 秋雨や藻刈すみたる水の上 [#ここから4字下げ] 月杖居雅宴 [#ここで字下げ終わり] 十五夜の豪雨しぶくや洗ひ鯉 あさがほの花照りそめつ後の月 秋晴や白日雪をこぼすかに 草穂つかんで立つ蟷螂や佐久平 菊人形たましひのなき匂ひかな 黄菊ぬれ白菊うるむ朝となんぬ 大星雲すがるゝ菊にうちけぶり 白雲は乱礁の浪や雁来紅 川にひびくひよこの声や草の花 さむうなりし道の垣根や草の花 友の肺に月夜沁むかも草の花 光こめて深くも裂けし柘榴かな 歯にあてゝ雪の香ふかき林檎かな [#ここから4字下げ] 塩原土産を需めて [#ここで字下げ終わり] むらさきは霜がながれし通草かな 行けど/\川浪高し蘆の花 [#ここから4字下げ] 上野動物園 [#ここで字下げ終わり] 秋雨や漆黒の斑が動く虎 獣見し匂さめたり雨の萩 [#ここから3字下げ] 冬 [#ここで字下げ終わり] 年の夜やもの枯れやまぬ風の音 冬の夜やおとろへうごく天の川 葬儀社に鉋の音す霜夜かな [#ここから4字下げ] 禅林 [#ここで字下げ終わり] 月輪に万霊こもる霜夜かな うす/\とけぶる梢や冬の月 一等星欅に荒き寒夜かな [#ここから4字下げ] 三宝寺池 [#ここで字下げ終わり] 寒凪の水にやすらふ羽虫かな 潮騒やぶちまけし藍に冬日照る 花売る娘冬の西日に人を見る 頬白来しが跡もとゞめず雪の暮 薄雪の消ゆるま照らす月夜かな スタンドの燈は何さそふ雪夜なる 雪月夜裸婦の屍伏し/\て 見ゆるかぎり火を発す星雪凍る 啼き帰る鵜にヒリウスの光る雪 藍をふくむ星の光や雪の垣 雪照らして光の渦の日が渡る 霜除や月を率き行くオリオン座 蒼白きものふるへ来る月の霜 星座みなきらめくは霜降りかゝる 草の霜降るは見えざる月夜かな 柿の木の蔕落す鳥や霜日和 みぞるゝや戸ざすに白き夜の芝 ふるゝものを切る隈笹や冬の山 空の蒼さ滝落ちながら氷りけり ぱり/\と霊柩車行く氷かな 日光はうつろ充たして枯野かな 家建ちて硝子戸入るゝ枯野かな さいかちの月夜や灯る焼藷屋 疾走するトラツクの人ら日向ぼこ 塔婆煽つ風に外套脱ぎにけり 貌すこしうごかしてやみぬ冬の蠅 電燈の明るさに鶴凍てにけり [#ここから4字下げ] 東村山 [#ここで字下げ終わり] 大貯水ふるゝもの鴨と松風ぞ 一つ行きてつゞく声なし鳰 吹かれよりて千鳥の脚のそろひけり 天日のきらめき千鳥死ぬもあらん [#ここから4字下げ] 友の眼疾癒えず [#ここで字下げ終わり] 山茶花の散るさへ黒き眼鏡越し 鶯の眦さむし花八ツ手 八ツ手咲いて金の三日月よく光る 山雀が尾を打つ音の枯木かな [#ここから2字下げ] 彼岸の鎌倉 [#ここで字下げ終わり] [#ここから4字下げ] 淨智寺 [#ここで字下げ終わり] 連翹は雪に明るき彼岸かな [#ここから4字下げ] 円覚寺 [#ここで字下げ終わり] さむけれどみぞるゝ花に逢ひにけり 降りしきる雪をとどめず辛夷かな [#ここから4字下げ] 境内楽々庵 [#ここで字下げ終わり] 木の芽はむ鵯やみぞるゝ音幽か 木の芽打つて雪はげし句々抹殺す [#ここから2字下げ] 北伊豆の旅 [#ここで字下げ終わり] [#ここから3字下げ] 韮山 [#ここで字下げ終わり] 富士の雪解けぬまげんげさかりなる 雪の富士に藍いくすぢや橡咲いて 大富士は日を照り返し梅実る [#ここから3字下げ] 山葵沢(上大見村) [#ここで字下げ終わり] 山葵田の水音しげき四月かな 癩者住みし山といふ山葵花咲いて 山人が水に束ぬる山葵かな 雪いくたび降りし山葵ぞ抜かれたる 言葉少なに去る山葵田の花ざかり [#ここから3字下げ] 山道 [#ここで字下げ終わり] 天城越え褪せつゝ菫つゞきけり [#ここから4字下げ] 一頻駕に乗る [#ここで字下げ終わり] 雉子啼くや卯つ木枯萱雲も見つ 蕨老いて天日雲に冷えにけり 天城嶺の雨気に巻きあふ蕨かな [#ここから4字下げ] 輿提峠展望 [#ここで字下げ終わり] 霽雪に鹿つゞく道ときく若葉 高嶺つゝむ雲の中こそ若葉なれ 風荒き峠の菫冴えにけり [#ここから4字下げ] 下山 [#ここで字下げ終わり] 新緑や水恋鳥が啼きしと云ふ [#ここから4字下げ] 湯ヶ嶋落合楼温泉プール [#ここで字下げ終わり] 泳ぐ友の妖しく青し春暮るゝ 神饌の夜振か天城雨となり [#ここから4字下げ] 朝餉 [#ここで字下げ終わり] 渓若葉水裂く声は鶺鴒ぞ [#ここから4字下げ] 酒中婢に答ふ [#ここで字下げ終わり] 奔流や冷えしぞ初夏の蕨汁 [#ここから2字下げ] 十和田湖 [#ここで字下げ終わり] [#ここから4字下げ] 払暁尻内にて [#ここで字下げ終わり] 蝦夷近き雨雲渡る早苗かな [#ここから4字下げ] 滝沢の部落を過ぐ [#ここで字下げ終わり] 渓流の音に雨添ふ田植かな [#ここから3字下げ] 奥入瀬 [#ここで字下げ終わり] 橡咲くや露わたる音の原始林 マツチ擦れば焔うるはし閑古鳥 密林や少し明らみ橡の花 水音の中に句を書く新樹かな 新緑や魚棲むらんか枝に石に 新緑やたましひぬれて魚あさる さみだれや襦袢をしぼる岩魚捕り [#ここから4字下げ] 子の口の案内所にて暁江君に答ふ [#ここで字下げ終わり] 昼餉すやさくらは無くも楢の花 [#ここから3字下げ] 十和田湖 [#ここで字下げ終わり] 五月雨や蕗浸しある山の湖 [#ここから4字下げ] 遊覧船にて [#ここで字下げ終わり] 十和田湖や幣の花かもなゝかまど さみだるゝ鵜に伴ありぬ山の湖 雲こめて帰る鵜遠しさみだるゝ [#ここから4字下げ] 小嶋の名を問へば蓬莱と云ふ [#ここで字下げ終わり] 水中やさみだるゝ嶋の薄紅葉 さみだるゝさゞ波明り松の花 [#ここから4字下げ] 一泊して翌朝雨中の緑陰を歩く [#ここで字下げ終わり] 短夜やかくも咲きゐし若薺 [#ここから4字下げ] 半嶋を離るゝ遊覧船より十和田神社の方を望みて [#ここで字下げ終わり] 社参せぬ身に降りまされ五月雨 [#ここから4字下げ] 尻内の旗亭に戻りて、斎藤草村君初め青森の諸君と遂に名残を断つ [#ここで字下げ終わり] 別るゝや炭火なほ燃え閑古鳥 [#ここから2字下げ] 室戸岬 [#ここで字下げ終わり] 南海の藍うち晴れて野菊咲く 末枯や怒濤あびしか梧桐林 秋の暮花摘んで遍路足早な 巌仰ぐや胃が痛みきし秋の暮 紺の夜を朱の月いでぬ毘沙姑巌《びしやごいは》 蛇吊りし家も榕樹の朱の月か 月の出をうしろにきえし遍路かな 岩へ滴るゝ巌の紺や月の潮 [#ここから2字下げ] 中秋鹿野山 [#ここで字下げ終わり] 月の餅搗くや鶏頭真ツ赤なる [#ここから4字下げ] 白鳥山十三州見晴 [#ここで字下げ終わり] 風の音は山のまぼろしちんちろりん 落暉望んで男ばかりや尾花照る 天の原月出づる大気ながれけり 東方に満月うすし十三州 西方に浄土の富士や秋の暮 [#ここから4字下げ] 白鳥山下の芝原に九十九谷展望 [#ここで字下げ終わり] 月影のさしきしといふ友の顔 月の句碑影曳くほどにぬれきたり [#ここから4字下げ] 深更月笠君と旅館を出でゝふたゝび九十九谷にあそぶ [#ここで字下げ終わり] 影も二つ月の友かな弟かな 月光にぶつかつて行く山路かな 月の芝煙草すふ手が真白なる がちゃ/\や月光掬ふ芝の上 句碑照りて明らかに死後の月夜かな [#ここから2字下げ] 蒼天 [#ここで字下げ終わり] 雁行の声落ちにけり冬座敷 [#ここから4字下げ] 物干台に起ち出でゝ [#ここで字下げ終わり] 雁行のとゝのひし天の寒さかな 門松のたちそめし町や雁渡る 雁行に雲荒れもなし年の暮 雁過ぎて水仙に水さしにけり [#ここから2字下げ] 我が家 [#ここで字下げ終わり] [#ここから3字下げ] 新年 [#ここで字下げ終わり] 笹鳴を覗く子と待つ雑煮かな 獅子舞や寒気煽つて耳震ふ 紙鳶あげし手の傷つきて暮天かな [#ここから4字下げ] 四日より机に対ふ [#ここで字下げ終わり] 輪飾の歯朶青うして選句かな [#ここから3字下げ] 春 [#ここで字下げ終わり] ほんの少し家賃下りぬ蜆汁 けふ買ひし金魚眠りぬ宵の春 春の夜や子の貯金箱うすよごれ [#ここから4字下げ] 亡父祥月忌霊前 [#ここで字下げ終わり] 病む友がくれし春夜の牡丹かな 牡丹花に紙覆うてある春夜かな 汁粉できて竹の淡雪凍りけり [#ここから4字下げ] 未完成の絶筆「春の野辺」を見る [#ここで字下げ終わり] ひとみなくて飛ぶ蝶白し省亭忌 [#ここから4字下げ] 伊勢雄君より初子に贈らる [#ここで字下げ終わり] 行春やうしろ向けても京人形 [#ここから3字下げ] 夏 [#ここで字下げ終わり] 涼しさや過去帳閉ぢて夜の雨 [#ここから4字下げ] 初めて子生る [#ここで字下げ終わり] 産衣着てはやも家族や蝉涼し 薫風や元日から咲く桜草 [#ここから4字下げ] 東郷元師の訃 [#ここで字下げ終わり] 汗ばみて甍去を語る家族かな 一筋の秋風なりし蚊遣香 木柱に何も映らず午寝かな [#ここから4字下げ] 三伏 [#ここで字下げ終わり] 風鈴や選句に占めし梯子段 [#ここから4字下げ] 霊前に鉢植の牡丹を贈らる [#ここで字下げ終わり] 包み紙たゝみつ仰ぐ牡丹かな 束ねられて茎の青さの牡丹かな 霊前の夜を花たゝむ牡丹かな いみじくもふくれきし牡丹覗きけり 鉢抱けばまぶた冷たき牡丹かな 一斉に牡丹散りけり十三片 一つ籠になきがら照らす螢かな ひあはひの風に棚経すみにけり いねし子に電車ひゞくや魂祭 送り火や蒸し暑き夜を去りたまふ [#ここから3字下げ] 秋 [#ここで字下げ終わり] [#ここから4字下げ] 二階の籐椅子に凭りて [#ここで字下げ終わり] 月の蚊帳に影法師吹かれ秋来たり 月の虫鉦を叩いて穴に居り ※[#「日/咎」、第3水準1-85-32]趁うて蓑虫かへる畳かな 蓑虫や足袋穿けば子もはきたがり [#ここから4字下げ] 二階書斎 [#ここで字下げ終わり] 鶴すぎしさゞ波雲や葡萄吸ふ [#ここから3字下げ] 冬 [#ここで字下げ終わり] さわやかな耳あぶる朝の火桶かな 水仙の束とくや花ふるへつゝ 妹叱つて独り者めくいぶり炭 [#ここから4字下げ] 晩酌 [#ここで字下げ終わり] 箸にかけて山葵匂はし雪の暮 湯豆腐や輪飾残る薄みどり 湯豆腐や鶯笛を子に鳴らし 並び寝の子と手つないで雪夜かな 肺炎の児に蚊帳くゞる霜夜かな 炭斗や病む児にひゞく蓋の音 [#ここから4字下げ] 黄雀風君の房州土産を床に活けて [#ここで字下げ終わり] 菜の花や一葉は寒の濃紫 [#ここから4字下げ] 敬太君に示す [#ここで字下げ終わり] 風邪見舞のみなよく泳ぐ金魚かな 凍る夜を花もこぼさず桜草 [#ここから4字下げ] 五十年ぶりの大雪帝都を襲ふ [#ここで字下げ終わり] 豆打てば幻影走る吹雪かな [#ここから4字下げ] 節分小宴 [#ここで字下げ終わり] 大吹雪夜食する燈は太陽ぞ [#改ページ] [#ここから1字下げ] 第弐篇 [#ここで字下げ終わり] [#ここから2字下げ] 四季雑詠 [#ここから割り注]自大正十一年仲春[#改行]至昭和四年初秋[#ここで割り注終わり] [#ここで字下げ終わり] [#ここから3字下げ] 新年 [#ここで字下げ終わり] 何の木か梢そろへけり明の春 日白うして鳰啼くや松納 [#ここから3字下げ] 春 [#ここで字下げ終わり] [#ここから4字下げ] 宇都宮の田園に知辺を訪ひて [#ここで字下げ終わり] 桐の実やもの影ほしき春の暮 長閑さや暮れて枯草ふくらめる 樹々に触るゝ手の生き/\と朧かな [#ここから4字下げ] 郊外惜春 [#ここで字下げ終わり] 一樹/\押し来る幹の朧かな 行春や地に寝て犬の耳やすし 行春やしきりに滲む夜の立木 [#ここから4字下げ] 夜店 [#ここで字下げ終わり] 春行くや苗一つ/\しまふ燈に 桜餅人の寒さに匂ひいでし 夜を凍てゝ薄色褪せずさくら餅 [#ここから4字下げ] 萓原 [#ここで字下げ終わり] みな去んでもとの一つの蝶々かな ひらり高う嫩葉食みしか乙鳥 裏梅も見えて夕映ゆ老木かな 梅の夜の雲見てあれば死ぬるかな 月夜鴉水吸ひ上ぐる柳かな [#ここから4字下げ] 恋 [#ここで字下げ終わり] 三日月に誓ふて交すげんげかな 風明るく蛭に波ある躑躅かな 椎にまじる花に日ありぬ虫柱 門掃かれてあろじ出でずよ夕桜 梢さらに花深うして茶屋寝たり 喧嘩解けし雀ら啼くや花の雨 大藪の揺るゝ夜空や花の雨 [#ここから4字下げ] 函嶺強羅倉田屋別荘 [#ここで字下げ終わり] 山めぐりやめて雨聴く桜かな 温泉へ起つや橿鳥翔る花の雨 春行くや樋の水走る窓の岩 [#ここから4字下げ] 房州鋸山日本寺 [#ここで字下げ終わり] 顔も膝も蔦の羅漢や夏近き [#ここから3字下げ] 夏 [#ここで字下げ終わり] 短夜や引汐早き草の月 稲妻をさして水ゆく土用かな 乙鳥の朝から翔る暑さかな [#ここから4字下げ] 松月院の庭(伊豆伊東) [#ここで字下げ終わり] 滝涼しはこぶ餌を待つ小鶺鴒 水無月や仏に咲きし秋海棠 梅雨寒の日の出早かれ柳散る 生垣にさす灯ばかりや五月雨 夕立のあとの大気や石拾ふ 蜂を払つて橡の下ゆく袷かな 水に見るものなくて去る袷かな [#ここから4字下げ] 軽井沢 [#ここで字下げ終わり] 涼む灯ともなくて浅間の夜雨かな 蓑虫は水に下りつ朝納涼 草市のあとかたもなき月夜かな うしろむいて秋の姿の鹿の子かな しづかさや実がちに咲きし桐の花 歩くまもそこらほぐるゝ若葉かな 宇治に仰ぐ日月白き若葉かな 夏木仰げば花をこぼして老いにけり 撞き終へし鐘に雨降る夏木かな 会釈したき夜明の人よ夏柳 筍の竹になる四方の緑かな 薔薇散るや拾ふ子※[#「てへん+劣」、第3水準1-84-77]ぐ子かゞやかに 月見草はなれ/″\に夜明けたり [#ここから3字下げ] 秋 [#ここで字下げ終わり] 初秋や通夜の灯うるむ花氷 引く浪の音はかへらず秋の暮 さゞ波の絶えざる瀞や秋の暮 どの道も秋の夜白し草の中 秋雨や夜明に似たるお茶の花 火種借りて杉垣づたひ星月夜 草木映りて澪の長さや星月夜 [#ここから4字下げ] 宮田国郎君逝く [#ここで字下げ終わり] 月の光友減り/\て澄み来たり 一木も国土を守る月夜かな [#ここから4字下げ] 高知五台山竹林寺 [#ここで字下げ終わり] ものゝ影みな涅槃なる月夜かな [#ここから4字下げ] 室戸岬 [#ここで字下げ終わり] 乱礁の巣に鳥入りし月の秋 風の音にくさる菌や秋の霜 ※[#「くさかんむり/意」、第3水準1-91-30]苡やひそかに匂ふ秋の霜 うしろから秋風来たり草の中 こほろぎや入る月早き寄席戻り 藪の墓に緑けぶりけり竹の春 [#ここから4字下げ] 宇治にて [#ここで字下げ終わり] 誰れへ土産となく土瓶買ふ紅葉かな [#ここから3字下げ] 冬 [#ここで字下げ終わり] かろ/″\と帰る葬具の寒さかな 赤い実を喉に落す鳥寒う見ゆ 紫陽花を鳴らす鶲の時雨かな 涙わくや馬が糞する雪の暮 ポストから玩具出さうな夜の雪 寒空やみなあきらかに松ふぐり 百舌鳥啼くや焚火のあとの大凪に 夕映に何の水輪や冬紅葉 落葉踏むやしばし雀と夕焼けて 風の枝に鳥の眼光る落葉かな 白日は我が霊なりし落葉かな [#ここから2字下げ] 東都大震 [#ここで字下げ終わり] 松蔭の避難者よ日の出さわやかに 避難者のうと/\仰ぐ秋の蝉 秋風や余震に灯る油皿 地震あとの土塊ぬらす夜露かな [#ここから4字下げ] 余震なほ頻々 [#ここで字下げ終わり] 地震飽きてふらと出でたる夜寒かな 行李に秘めし位牌取り出す月見かな 彼岸果つる月夜鴉ぞ明るけれ 十六夜や追炊やめて梨の味 [#ここから2字下げ] 延寿荘 [#ここで字下げ終わり] [#ここから4字下げ] 東都大震直後より「曲水」発行の関係上大阪郊外豊中村に仮寓す [#ここで字下げ終わり] [#ここから3字下げ] 秋 [#ここで字下げ終わり] 両手伸べてみな/\今朝の案山子かな 日の出叫ぶ鳥や柿の葉びしよぬれて 布団干すやいしくも濡れし露の蓼 天渺々笑ひたくなりし花野かな 鶲来て木の実はむペンのすゝみやう 稲懸ける音ほそ/″\と月夜かな [#ここから3字下げ] 冬 [#ここで字下げ終わり] 大空のしぐれ匂ふや百舌鳥の贄 山茶花の垣に挿し過ぐ落穂かな 寒風や菜に飛ぶ虫の散り/″\に 行年の山へ道あり枯茨 除夜の灯のどこも人住む野山かな [#ここから3字下げ] 新年 [#ここで字下げ終わり] 元日の桜咲きけり畑の中 元日や入日に走る宇治の水 元日やお茶の実落ちし夕明り 鶲来て枯木うちはゆ雑煮かな 旅に住みて四方に友ある雑煮かな [#ここから3字下げ] 春 [#ここで字下げ終わり] 茨の芽に日深き山の二月かな 余寒惜む独りかも風の萱に来たり [#ここから2字下げ] 我が家 [#ここで字下げ終わり] [#ここから3字下げ] 新年 [#ここで字下げ終わり] 小照の父母をあろじや明の春 元日やゆくへもしれぬ風の音 雑煮すんで垣根の霜を惜みけり 初夢もなく穿く足袋の裏白し 大風の夜を真白なる破魔矢かな [#ここから4字下げ] 事繁くして妹未だいねず [#ここで字下げ終わり] 初鴉|白玉椿《しらたま》活ける手の凍え 妹よ二人の朝の初鴉 [#ここから3字下げ] 春 [#ここで字下げ終わり] 茶を焙ず誰れも来ぬ春の夕ぐれに [#ここから4字下げ] 妹に答ふ [#ここで字下げ終わり] 投入に葱こそよけれ春寒き 白日の閑けさ覗く余寒かな [#ここから4字下げ] 亡母十三回忌の朝 [#ここで字下げ終わり] 春浅き牡丹活ける妻よ茶焙は [#ここから4字下げ] 亡母霊前 [#ここで字下げ終わり] 牡丹咲いて我も春夜に逢ひにけり 雀四五日来ずよ庭木の風おぼろ お涅槃や大風鳴りつ素湯の味 [#ここから4字下げ] 独居 [#ここで字下げ終わり] 茶を焙る我と夜明けし雛かな 空の蒼さ見つゝ飯盛る目刺かな 出そびれて月夜に花の句作かな 障子張る妹に花も過ぎにけり [#ここから3字下げ] 夏 [#ここで字下げ終わり] 涼しさや家計簿にしるすきり/″\す [#ここから4字下げ] 古き写真を見て [#ここで字下げ終わり] 幼な顔の兄妹よ涼充ちきたり 雀よく干飯をたべて旱かな 蒸し暑き夜を露光る下葉かな 月明に老ゆるひまなし夏の露 夕立やかしこまる蠅に火種掘る 壁の蛾の凍てきし四方の夕立かな [#ここから4字下げ] 書斎 [#ここで字下げ終わり] 小照の父咳もなき夕立かな 冷々と雲に根は無し更衣 朝餉すみし汁やお位牌光りをり 朝戸出の腰にしづけき扇かな 屋根瓦ずれ落ちんとして午寝かな 縁にしなふ竹はねかへし冷奴 妹瓜を揉むま独りの月夜かな いよゝ秋の油足さうよ走馬燈 魂祭るものかや刻む音さやか 柚子匂ふのみの設けや麻木箸 妻も来よ一つ涼みの露の音 風蘭に雨月ありけり蚊帳に入る 月焼に散る葉音なし蚊帳に入る 日輪のめぐる夜深し蚊帳に入る [#ここから4字下げ] 礼状にしるす [#ここで字下げ終わり] 御仏に供へたき鮎や月夕 筍の光放つてむかれたり [#ここから3字下げ] 秋 [#ここで字下げ終わり] 新月に刈萱活けて茶漬かな [#ここから4字下げ] 望みに任せて離別承諾の返事を妻の許へ送る [#ここで字下げ終わり] 別るゝやいづこに住むも月の人 若竹の高さすぐれたり秋の空 [#ここから4字下げ] 路地に住む事はや六年になりぬ [#ここで字下げ終わり] ひあはひに枇杷の葉青し秋の空 妹見よや銀河と云ふも露の水 [#ここから3字下げ] 冬 [#ここで字下げ終わり] 小鼠よ小春何も無き台所 どれも/\寂しう光る小蕪かな 鉢の梅嗅いで息づく寒夜かな 霊膳の湯気の細さや夜の雪 [#ここから4字下げ] 独居 [#ここで字下げ終わり] 雪の音の幽けさに独り茶漬かな 選句しつゝ火種なくしぬ寒雀 寒さ疲れ線香煙らしてながめけり [#改ページ] [#ここから1字下げ] 第参篇 [#ここで字下げ終わり] [#ここから2字下げ] 東雲 [#ここから割り注]自大正七年初夏[#改行]至大正十一年初春[#ここで割り注終わり] [#ここで字下げ終わり] [#ここから3字下げ] 新年 [#ここで字下げ終わり] 町ほの/″\鶏逃げあるく出初かな 雑煮待つま八ツ手に打ちし水凍る [#ここから3字下げ] 春 [#ここで字下げ終わり] 眠れねば香きく風の二月かな ぬかるみに夜風ひろごる朧かな [#ここから4字下げ] 庭前 [#ここで字下げ終わり] 冷やかに牡丹蕾み居る遅日かな [#ここから4字下げ] 亡父一周忌 [#ここで字下げ終わり] 花鳥忌やひそかに拝む二日月 大空にすがりたし木の芽さかんなる 芽吹きつゝ枯木のまゝの月夜かな 霜除は納豆の苞や牡丹の芽 山吹や暮れかねつうごく水馬 [#ここから4字下げ] 柴屋寺に宗長法師の面影を拝す [#ここで字下げ終わり] 葉蘭活けて春行くまゝのお木像 [#ここから4字下げ] 修善寺新井旅館 [#ここで字下げ終わり] 春を惜む灯に幽かなる河鹿かな [#ここから3字下げ] 夏 [#ここで字下げ終わり] [#ここから4字下げ] 亡父百ヶ日逮夜 [#ここで字下げ終わり] 涼しさのさびし走馬燈火をつがん [#ここから4字下げ] 亡父百ヶ日法要 [#ここで字下げ終わり] 人少なにあれど薫風釈迦如来 卯月住むや楓の花と妹ぎり 梅雨の溝に蛙鳴き澄む深夜かな [#ここから4字下げ] 軽井沢散歩 [#ここで字下げ終わり] 落葉松の緑こぼれん袷かな 寄せ書の灯を吹く風や雨蛙 葭切のさからひ啼ける驟雨かな 花桐やなほ古りまされ妙義町 灯を愛づる夜冷に柿の落花かな 散る薔薇に下り立ちて蜂吹かれけり [#ここから4字下げ] 亡父の霊前にて [#ここで字下げ終わり] 牡丹散らば寄せて熏べばや釈迦如来 向日葵もなべて影もつ月夜かな 白う咲いてきのふけふなき蓮かな [#ここから4字下げ] 犬吠岬にて [#ここで字下げ終わり] 北斗露の如し咲きすむ月見草 [#ここから3字下げ] 秋 [#ここで字下げ終わり] 散る葉見つゝものぬくみなし天の川 十六夜の寒さや雲もなつかしき 宵闇の水うごきたる落葉かな 雲に明けて月夜あとなし秋の風 [#ここから4字下げ] 亡父の画債整理の為又々遺墨を売却す [#ここで字下げ終わり] 妹泣きそ天下の画なり秋の風 啼きやめてぱた/\死ねや秋の蝉 秋の日や啼いて眠りし枝蛙 よべの虫がけろりと歩く落葉かな 障子入れて日影落ちつきぬ雁来紅 きのふ古し遺筆に活けてこぼれ萩 雨をふくむ菊玲瓏とすがれけり [#ここから3字下げ] 冬 [#ここで字下げ終わり] 住みつきて芭蕉玉巻く小春かな 萩刈つてからりと冴えぬ夕明り 凍てし木々の響かんとして暮れにけり [#ここから4字下げ] 妹 [#ここで字下げ終わり] 凍てし髪の綿屑知らで夕餉かな 除夜の畳拭くやいのちのしみばかり 大雪や風鈴鳴りつ暮れてゐし 竹払へば雪滝の如し門燈に 家毎に雪掻く灯影旅に似し 家々の灯るあはれや雪達磨 大雪や寝るまでつがん仏の灯 大雪や幽明わかず町寝たり 空澄みて拝むほかなき枯野かな 夕焼のうすれ山茶花も散りゆくか 山茶花のみだれやうすき天の川 幼な貌の我と歩きたき落葉かな 雲しづかに枯萩の芽の尖りけり [#ここから4字下げ] 左衛門氏の遺骨納棺 [#ここで字下げ終わり] 水仙の花触るゝ顔笑ふべし [#ここから2字下げ] 花影 [#ここから割り注]自明治四十四年初夏[#改行]至大正七年晩春[#ここで割り注終わり] [#ここで字下げ終わり] [#ここから3字下げ] 春 [#ここで字下げ終わり] 法堂や二月厳しき松の幹 春寒く咳入る人形遣かな 春暁や見たきもの巣の時鳥 雪解風牧場の国旗吹かれけり 曙は王朝の世の蛙かな 巨石占めて莨火擦るや谷の梅 [#ここから4字下げ] 円覚寺にて [#ここで字下げ終わり] 椿落つる時音やある人知らず 手をうたばくづれん花や夜の門 河東語る灯影しづむや花の雨 木がくれて藤残る家の障子かな [#ここから3字下げ] 夏 [#ここで字下げ終わり] 水無月の木陰によれば落葉かな 花過ぎてゆふべ人恋ふ新茶かな 稗蒔を見つゝ妹と午餉かな 三日月にたゝむ日除のほてりかな 昼寄席《ひるせき》に晒井の声きこえけり 親と行くたそがれ貌の鹿の子かな 塔の中に秘密なかりし若葉かな 伽藍閉ぢて夜気になりゆく若葉かな 卯の花や戸さゝれぬまの夜気に寝ん 日輪を送りて月の牡丹かな 牡丹二本浸して満つる桶の水 [#ここから3字下げ] 秋 [#ここで字下げ終わり] 樹に倚れば落葉せんばかり夜寒かな [#ここから4字下げ] 浅草 [#ここで字下げ終わり] 仲見世を出て行く手なし秋の暮 山国の夜露に劇場《しばゐ》出て眠し [#ここから4字下げ] 信濃にて [#ここで字下げ終わり] 家づとに蕎麦粉忘れじ秋の雨 [#ここから4字下げ] 三十にして妹嫁がず [#ここで字下げ終わり] 秋風に咲く山吹や鏡立 秋風や机の上の小人形 椎落ちて復音もなし歩まんか 家移らばいつ来る町や柳散る 葉を出でゝ雪一塊の芙蓉かな 肥汲が辞儀して括る芙蓉かな [#ここから4字下げ] 日光山中 [#ここで字下げ終わり] 大崩れの崖裾ひろしむら紅葉 [#ここから3字下げ] 冬 [#ここで字下げ終わり] 木枯やすかと芭蕉葉切りすてん [#ここから4字下げ] 禁酒を命じられて [#ここで字下げ終わり] しぐるゝやねむごろに包む小杯 陶窯を取り出す皿や雪晴るゝ 影落して木精あそべる冬日かな 冬山やどこまで登る郵便夫 牡丹見せて障子しめたる火桶かな 燈の下に今日の身は無き布団かな 水鳥の声に行かばや檪原 雨までは淡くも日あれ枇杷の花 [#ここから4字下げ] 父の画堂 [#ここで字下げ終わり] 寒菊やつながれあるく鴨一つ 今日もなほ咲かぬしづかや冬牡丹 [#ここから2字下げ] 鶯笛 [#ここから割り注]自明治三十三年初春[#改行]至明治四十四年晩春[#ここで割り注終わり] [#ここで字下げ終わり] [#ここから3字下げ] 新年 [#ここで字下げ終わり] 庭すこし踏みて元日暮れにけり 町灯りてはや売りにきぬ宝船 [#ここから3字下げ] 春 [#ここで字下げ終わり] 珠数屋から母に別れて春日かな 楢林春日あるかぎり踏まんかな 楫取のつぶらなる眼や雪解風 長崎の燈に暮れにけり春の海 一桶の春水流す魚の棚 土雛は昔流人や作りけん 畑打や畑でうべなふ寄進帳 一本の桜吹き散る染場かな 柴漬を揚ぐる人あり花の雨 菜の花が岬をなすや琵琶の湖 [#ここから3字下げ] 夏 [#ここで字下げ終わり] 水盤の鷺草飛ばん更衣 柏餅古葉を出づる白さかな 咲きつけて灯に片よりぬ水中花 水中花萍よりもあはれなり 蚊帳越しや合歓は軒端にさめてあり いさゝかの草市たちし灯かな 掃きよする柘榴の花や蟇 藺を刈るや刈りしところに水馬 鷭啼くや浮草に潮落ちてあり 二本これ書画を玉巻く芭蕉かな 山百合に雹を降らすは天狗かな [#ここから3字下げ] 秋 [#ここで字下げ終わり] うそ寒の身をおしつける机かな [#ここから4字下げ] 両国 [#ここで字下げ終わり] 雁しきりに来るや江楼書画の会 釣り上げし鱸にうごく大気かな 鉈豆の蔓の高きに蜻蛉かな 団栗の己が落葉に埋れけり 提灯にほつ/\赤き野萩かな 著せ綿を除けば菊の赤さかな 草花や垣根も無しに台所 [#ここから3字下げ] 冬 [#ここで字下げ終わり] 寒き夜の仏に何を参らせん 山国や冬ざれてゐる畑の土 松に菊蕎麦屋の庭の時雨かな 紙漉は枯野に住みて日和かな 煤掃いてなほ残る菊をいとほしむ ぬかるみに踏まれし歯朶や年の市 乾鮭は仏彫る木の荒削り 打ち返しある山畑の落葉かな 落葉さへあらぬ山路となりにけり 折り取つて日向に赤し寒椿 枯柳雀とまりて色もなし 底本:「現代日本文學大系95 現代句集」筑摩書房    1973(昭和48)年9月25日初版第1刷発行 底本の親本:「白日」交蘭社    1936(昭和11)年7月発行 ※渡邊水巴による、「さゞ波」と題する跋文は省略した(序文は存在しない)。 入力:小川春休 校正:(未了) 2009年3月19日公開