枴童句集 清原枴童 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)外《と》の面《も》の |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)南風|薔薇《さうび》ゆすれり [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数) (例)※[#ローマ数字1、1-13-21] ------------------------------------------------------- 春 春暁や端山めぐりて家櫛比 病馴れて灸治あきたる遅日かな 掃きよせし花の塵塚くれおそき いつとなく病の窓のくれおそく 遠山のくれおそしともながめつゝ ボタ鼻に朧の胡弓弾くは誰 おぼろ夜や梶空ざまに置車 芥流るゝ春尽日の博多川 並木道春の夕雲おだやかに 東風の磯へ宮垣沿うて曲るかな 庭芝の東風に下りたつ手に煙草 [#ここから2字下げ] 悼竹田秋楼夫人 [#ここで字下げ終わり] 夕東風に快《よ》しと聞きしは僻耳か 廓女や雪解雫の軒づたひ 縁障子雪解雫のてりくもり 酒場の灯しみて春泥更けにけり 生徒たち春雨傘をかためあひ 春雨のうつぼ柱に鳴りはじむ 春雨にぬれし石階上りけり 千社札春雨傘に仰ぎ見る 自転車に括られ鶏や涅槃西風 冷々と畳広さよ御忌の鐘 炎上をまぬかれたまひ出開帳 [#ここから2字下げ] 母 [#ここで字下げ終わり] 色あせし針山まつるねもごろに 春燈やふるさと人とゐてあかず 遠山の雨をふくみて焼けにけり 山火見て立つ嫂を淋しとも あそび女に今宵も山の焼くるなり 竿のもの取りこむ母に遠山火 山畑をうちくらしたる鍬かたげ 塗り終へし畦にうつりて飛べるもの 雨やどりやがて立ちゆく遍路かな 阪もとの桜餅屋に一と憩み 壺焼やうすくらがりにくつ/\と 雛市を目うつりしつゝ歩きけり 汐干籠夕かたまけつ人遠し シネマ出てさしかたむけぬ春日傘 土砂降の夜の梁の燕かな 雉子鳴いて頓に山めく水車かな 村々の鳥の巣くれてゆきにけり 鳥の巣に一とかたまりの伏家かな 鳥の巣の西日の下の擲銭戯 昼の柝囀遠く移りけり 囀の移りて障子木影なし 囀の移りぬ鯉のうきにけり 猫の子のまつはるを蹴て畳掃く 花烏賊を買ふたびかきて苣の丈 鉤の蛸蠅生れてはとまりけり 雨後の蝶もつれ上りぬ草の原 もつれ上る蝶に大空どんよりと 浮藻より蝌蚪かぎりなく出で来る 夕ざればさゞなみしげし蝌蚪の水 松風に耳欹つる春の鹿 春の蚊や牡丹の覆けふ除りし 蜷の岩女波男波と夕さり来 厨窓躍り出る猫や椿照る わが眼射て玲瓏と浮く椿かな 老衲のさつさと椿掃きにけり 落椿雨けぶりつゝ掃かれけり 襁褓干すや梅に日上る勿体な [#ここから2字下げ] 病妻のため嬰児を守る [#ここで字下げ終わり] むつかれば梅に抱きゆきてほうら/\ 洗髪乾く間あそぶ梅白し 花深き戸に状受の静かかな 花泛けて遅々と日めぐる手水鉢 夜の花に雨来んとする晴雨計 病み沈む花のさかりの尼ぜかな 花の宿寝しづまりたる吹井かな 部屋々々の寝息しづかや花の雨 雨聞いて枕につきぬ花の宿 つとめての花の宿りのうす茶かな 花の雨小夜も更けたる犬歩く 花の幕たゝむ二人も酔ひしれて 壺の花静かなる夜の移りけり 咲き垂れてそよりともせず初ざくら 風呂沸くやしんと日あたる松の花 山吹の吹きすがれたる犬くゞり 馬売りしその夕韮を剪りなどす 庭荒れて名草の芽のおのがじゝ 沈丁を插して紛らす愁かな 沈丁に立ちてみめよし張夫人 [#ここから2字下げ] 消息 [#ここで字下げ終わり] 沈丁のこぼるゝことも筆ついで ぜんまいの春惜むげにたけにけり 桜草しづかに花をつゞけけり 桜草起居にゆれて昼長し [#改ページ] 夏 水無月の河原に出でぬ夕つかた 夏影や松の下なる手水鉢 水べ家薄暑の簾かゝりけり 庵主や肱を枕に夜短か 沓脱に団扇おちゐて月すゞし 汝が指卓布にかけて涼しさよ 卯の花くだし上りぬセルを著て散歩 炎天の市にとゞろと法鼓かな 車井や水仕しまひし夏の月 雹ころがりて烈日の大地かな 雷遠き戸々の簾に西日かな 風添ひし喜雨の簾をまきにけり 夕立のあがりし清水蟹あそぶ 夕立のあらひし磯をかちはだし 夕立の脚車前草をはなれけり 雪解富士日々の日覆の吊り外し 道のべの清水に杓のありにけり 繭売つて静かに住みぬ拭掃除 苗売や表格子を拭く妻に 苗売に髻結びあへず起つ 早苗振や絵馬塗替も一話題 幟下せし畳暮るゝなほ話す 茄子買うてまた縫ものや祭前 誘蛾燈左右に夜深く戻りけり 山笠なだれのしりへ漂へる日傘かな 長堤や蒲に日移りまた日傘 絵日傘をかしげ袖摺稲荷より 鉱山慣れて手拭首に涼みけり 橋すゞみ他の一人は笛を吹く 甚平を著つゝ馴れにし門すずみ 夜すずみや廓ぞめきに打ちまじり 主人まづ涼み台より寝に下りし ごほ/\と咳きて庵主蚊帳より さみだれの※[#「虫+厨」、第4水準2-87-81]垂れて不平なき妻か 古蚊帳に安全燈を枕元 古蚊帳に病傾城や眼をつむり 起絵を組みて日曜まるつぶれ 立ばんこ見に兄弟や手をつなぎ [#ここから2字下げ] 長女六歳次女三歳 [#ここで字下げ終わり] 天瓜粉のおでこ並べて縁ゆふべ 樹雫の端居の耳にしづけさよ 走馬燈たまの端居にしづ心 走馬燈消えし主客に十時打つ にべもなく夏痩したり古び妻 昼頃の蝉の峠の茶屋日覆 蝉涼し睡魔払ひに下り立てば 火蛾淋し心いためばホ句作る 火蛾の影展げし地図にあまたゝび とび違ふ斑猫二つ園の道 夕堤ただ行々子鳴くばかり をり/\に葭切聞え雨やどり 海月冷たく光る汀を好み歩く 舷や海月をゆりて波たゝむ 魚板鳴つて暮れて行きけり蟻地獄 鴨足草の夕冷蟻のいそがはし 紫陽花に毒仰ぐ我と思ひけり 雷落ちて大雨晴れたる牡丹かな 夕かげの蕊をつゝみて牡丹花 掃きながら新樹出て来る女かな 凌霄にふたゝび迫る雷雨かな 凌霄花そよとの風もなかりけり ココア啜る夕顔の前の博士かな 卓上やなゐしづまりし百合のしべ 蓮の中に徐々と入る舟に坐りけり 真菰刈る右に左に雨の粒 干草に大夕焼のさめにけり 干草の上そよぎしておのがじゝ [#改ページ] 秋 秋冷を行くや草花親まず 虹を画いて遊べる雨師に秋平ら 蛙蛙を咬へて入ぬ草の秋 はら/\と降る鳥影や道の秋 二三枚障子浸りて川の秋 [#ここから2字下げ] 梅津只円翁旧廬能舞台大破 [#ここで字下げ終わり] 糸車臆病口に幾秋ぞ シグナルを遠目の住居秋のくれ 我門をさして人来る秋のくれ アリランの唄をわが子が秋のくれ 夜長人に遠火事の鐘いつまでも 吹きぶりの障子のうちの夜長かな 船の首ひびきて障子夜長けれ 夜長人彭々と銀座十一時 行秋やなほ降りまさる潦 行秋や大構して百姓家 月ありと見ゆる雲あり湖の上 灯すや月光失せて古畳 月に歩すや何処かの時計二時を打つ 月の友水べに立ちていつまでも 翳りつゝ名月西にかたむきぬ けふの月芒をさして高麗人と 夜々の月雲しなければ飽きにけり 山賤に良夜の野菊真平ら 縁先や後の月夜の種袋 戞と打つ斧に高しや秋の空 秋風に吹かれ来し蚊のさしにけり 秋風にむかひて歩く夕まぐれ 郵便に疾き耳持ちぬ露日夜 櫂泥棒に人寄る浦や露の秋 蜆蝶とんでゐたりし露の路 秋山聳ゆ愁を消して川手水 鉱山出来て刈田の日々の涕垂児 細帯の校書野分の二階より 水見舞ふや大仙掌に障子しまる ダブ/\の外套引つかけ水見舞 秋出水提灯つけて家高し 町人や田ほめの酒に酔うてうれし 燈籠の下に兄弟久しぶり 一つ消えし燈籠に兄たちにけり 吊り添へてまたゝきしげき燈籠かな 燈籠の灯かげの雨のもつれけり 蚊帳ごしに仏間の燈籠かんかりと 掃苔の人そここゝに西日かな 母人や病をおして魂祭 子ども等や門火のあとの鬼ごつこ 針子たち願の糸をとり/\に 星祭る縁の妻子に寝よといふ 藪の神秋祭とて灯りけり 鉱山町や障子を洗ふ一ト流 母人や夜なべの灯つゝましく 月に出て夜食する手を洗ひけり ハンマーに腰おろしたる夜食かな [#ここから2字下げ] 奈良にて [#ここで字下げ終わり] 案内者に不機嫌のわれ鹿に立つ 松の間を鹿あちこちしたそかるゝ 秋蝶の翅を小きざみに草うつり 芋虫のぶつくさと地にころげたる 虫売に漸く更くる博多かな 虫をきくいとまもありて倚る柱 沓脱にこぼれて赤き萩を好く いぼむしり萩をこぼしてむき直り 提灯にふるゝ萩あり露けしや きのふけふすずしき起居萩の雨 新秋のことに真萩の雨あがり 盛りすぎし菊に番人掃けるかな 菊荒れし背戸の日に出てそこはかと 干畳一枚菊のほとりにも 菊すこしいたみし庭に対ひけり 木犀の香にこそをらめ君とわれ 木の実落つ音の親しく歩きけり 黄葉の山を左手の船路かな 稲車すゝけ障子に挽きつけし 枝豆をけふのたつきにちぎりけり 金落せしわれを憐れめ烏瓜 烏瓜すがるすべなく曳かれけり 葎はむ馬にじや/\ばり烏瓜 兄に怒る鎌や芒を刈り倒し 紅茸やまことしやかに歯朶外れ むく犬やあはれ尾ふりて草の花 鉱山煙日々おだやかに草の花 草の実に日のあたりゐて夕べかな 夕風の野菊に見えて道遠し [#改ページ] 冬 別れ路の水べを寒きとひこたへ 御あかしを消さじと寒き詣かな 庵主寒さに腹を立てにけり 大寒の粥あつ/\と母子かな やがて寝る大つごもりの母子かな 陋巷や雪ちら/\と年歩む 大年の日かげ歩める銀座かな 歳晩や場末顔なるシネマ館 甕負うて歳晩の街とぼ/\と 除夜の鐘音高らかに締りけり 除夜の雪下り立つたびに深さかな 除夜の鐘かすかに聞え深雪かな 牡蠣船の大繁盛や除夜の鐘 炭はぬる音さへ除夜のごとくにて 古妻や除夜の燈下のうす化粧 ボタ山より時雨傘して二番方 夕時雨また藪道にさしかゝり つくばひにしぐれてゐたり其角堂 雪を掻くまだきに友上京す 大川へもの干台の雪を掃く 湖沿町ちらつく雪に歩きけり 雪まろげやめてどや/\食堂に 雪礫あたりし障子開きけり 子出でし障子すきゐて雪けぶる ペーチカや朝は雪ふるならひにて 家ともり垣根の雪もくれてゆく 枯蔓にうす日あたりて深雪かな かゝる谷に住めば住まるゝ氷柱かな 冬川に赫と日照りし芥かな 冬川の鏡のごとき一トところ 枯野行くやレールに沿うて心ほそ 冬田鳶飛ばんとしたる大翼 冬浜にかゆきかくゆき小犬かな 山大炉逢魔ケ時を燃えにけり 炉の兄に声尖らして畚を置く 豆腐氷らす屋根に鬼来て争へり [#ここから2字下げ] 移居 [#ここで字下げ終わり] 寒燈や親しみうすき柱照る 畳替へて煤も真似ごと払ひけり 冬構隣に真似てそこはかと 病人に二更の榾を焚きにけり 干榾に鳴きゐる鴉追ひにけり 榾の酔さます大根かけにけり 風邪人や鉢巻しつゝ棚吊れる 雨漏や風邪の衾の裾あたり 風邪の母咳きつゝ炊ぎ在しけり 久闊や風邪の衾を出でゝ逢ふ 屏風蔭看護疲の目をふさぎ 山賤のうすき布団に病みにけり 焚火人を犬嗅ぎ廻り/\ 都鳥二三羽とべる焚火かな 裏町や起きぬけ人の焚火の輪 外套をかけては扉に人消ゆる 冬帽かけて卓に肱しぬ顔暗く 恪勤の雪沓を穿く汝かな 慈善鍋余所目に急ぐ家路かな 社会鍋人織るごとくかへりみず ボーナスに不平はあれどかき船へ さそはれて千鳥を聞きに牡蠣船へ 牡蠣船の灯に坐りたる疲かな 風花や牡蠣船朝のふき掃除 莖漬や吹きさらされていろね達 冬菜かけて雨戸一枚しまりをり 干菜落ちて少しく霜を置きにけり 眉画くや湯ざめこゝちのほのかにも 花かるた湯ざめの羽織うち重ね しかすがに夜番の柝の更けにけり 石集めてひとり遊ぶ子鳰淋し をちかたに鳰のくれゆく干菜かな 掛茶屋に鳰なぶりして憩ひけり いつもこの杙飯櫃かゝり浮寝鳥 水鳥の江に沿うて散歩眼明らか 浮寝鳥看板こけし茶店かな 水鳥のたちぬ提灯萱に照る 舳かけてくさ/\干しぬ浮寝鳥 水鳥の飛び交ふ錨まきにけり 千鳥飛んで枯色見ゆる端山かな 寒鯉に方丈よりの灯かげかな 凍蝶に昼をあざむく月夜かな 返り花挿すや我句に迷ひあり 山茶花や卓より床にちりこぼれ 枯蘆に酒のさめゆく俥かな 人に逢ふがいやで廻れる冬木かな 日あたりてひたしづもりの落葉かな 提灯をふりて別れや落葉道 枯菊にあたり来し日をなつかしむ 枯草の実を持ちてゐて煙のごと [#改ページ] 新年 萱原にいまはあまねき初日かな 山川に流るゝ菜屑小正月 居籠や屏風の裾の筆硯 初竈わが家も燃えてめでたけれ 買初に吹かれ出てゆく妻子かな こゝにかけかしこにかくる飾かな 鳥総松ふまれふまれてなくなんぬ 風出でゝ人も通らず鳥総松 一筋の寒き町なり鳥総松  枴童句集 畢 底本:「現代俳句大系 第一巻」角川書店    1972(昭和47)年4月10日初版発行 底本の親本:「枴童句集」素人社書屋    1934(昭和9)年6月25日発行 ※冒頭の自伝は省略した。 入力:小川春休 2009年4月27日公開