能登蒼し 前田普羅 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)尼御前《あまごぜ》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数) (例)※[#「魚+少」、第3水準1-94-34] ------------------------------------------------------- 春 竹を伐る人にやむなし雪解雨 [#ここから2字下げ] 山代温泉 [#ここで字下げ終わり] 駅頭の寝雪に蜆こぼしけり 行春や大波立つる山の池 [#ここから2字下げ] 四月二十九日 [#ここで字下げ終わり] 春逝くやしきりに枯るゝ竹林 神々の椿こぼるゝ能登の海 尼の弟子春田に凧を落しけり 浅春や暈日かゝれる槇の枝 [#ここから2字下げ] 加賀に入る [#ここで字下げ終わり] 春くるや急ぎなだるゝ礪波山 一点の雲のそゝげる余寒かな 鰯干す宮も藁屋も温かし 立春や一抹の雪能登にあり 春宵の食事了れり観光団 [#ここから2字下げ] 三月十一日加賀橋立村 二句 [#ここで字下げ終わり] 尼御前《あまごぜ》のかげの杓子菜花盛り 春光や礁あらはに海揺るゝ [#ここから2字下げ] 柴山潟 [#ここで字下げ終わり] ごう/\と一とき東風の渡る湖 [#ここから2字下げ] 倶利伽羅峠 [#ここで字下げ終わり] 切株の松脂ひかる春の宵 [#ここから2字下げ] 熊木川 [#ここで字下げ終わり] 蓬もゆる去年の径あり※[#「魚+少」、第3水準1-94-34]《いさゞ》簗 くこ垣や海女が仮り寝の維ぎ舟 花さして春菜流るゝ熊木川 みなかみに人住み春水濁りけり 接骨木の芽の揃ひたる朧かな [#ここから2字下げ] 大森積翠居に入る [#ここで字下げ終わり] 三たび来て此の春苔に足を置く 熊笹に鰯曇りのつゞきけり [#改ページ] 夏 早桃噛んで能登の入江を渡りけり [#ここから2字下げ] はじめて積翠君を見る [#ここで字下げ終わり] 能登人や言葉少なに水を打つ [#ここから2字下げ] 午前一時輪島町笹谷羊多楼居に入る、一行六人なり [#ここで字下げ終わり] 旅人みな袴をぬぐや明け易し 梅雨晴や鵜の渡りゐる輪島崎 梅雨の海静かに岩をぬらしけり 梅雨晴や北斗の下の能登に入る 手中にみどり褪せ行く早桃かな [#ここから2字下げ] 内浦めぐり [#ここで字下げ終わり] 水うつやはらり/\と柏の葉 鶏ののぼれる松も水をうつ 初夏の風遊船岩をはなれじと えご採りの漕ぎて散らばる梅雨の海 えご採りの蓑着てありくあがり梅雨 鵜は下りて梅雨の濁りに浮びけり 荒梅雨や山家の煙這ひまはる 梅雨あけて奥の山より一つ蝉 早蝉の絶え入るばかり梅雨上る 奥能登や浦々かけて梅雨の滝 土用浪能登をかしげて通りけり 飛魚の入りて輝く鮪網 [#ここから2字下げ] 羽咋川のほとり [#ここで字下げ終わり] 能登曇り十六宵草の露しとゞ ハマナスや能登の目覚めに潮匂ふ [#ここから2字下げ] 気多神社 [#ここで字下げ終わり] 月見草白沙を神の御前まで ヒルガホの平沙に立たせ気多の神 神の森水無月風に※[#「木+解」、第3水準1-86-22]落葉 [#ここから2字下げ] 高浜町 [#ここで字下げ終わり] 水無月や滞船ゆるゝ神代《かくみ》川 滞船のひしめき搏つや青あらし [#ここから2字下げ] 志賀浦村 [#ここで字下げ終わり] ※[#「王+攵」、第3水準1-87-88]瑰の古江細江に加賀言葉 蟹のぼる桑の老木のたまり水 石伐りのたがね谺す夏の海 蝮《ハミ》打つて蚕飼せはしき母に帰る 蝮打つて能登のほそ径北を指す 望月の乳房あらはに蚕を飼へり [#ここから2字下げ] 古港福浦 [#ここで字下げ終わり] 蝮捨てに出て福浦に顔うつる 夏蝶や古江浪立ちタブの蔭 [#ここから2字下げ] 生神《うるかみ》村 [#ここで字下げ終わり] 松蝉や生神人が田水引く 田植水あふれて能登の崩れけり 夏風や棚平らかに海士岬 [#ここから2字下げ] 牛下《うしをろし》村 [#ここで字下げ終わり] 蓬摘み尾上にかゝり能登蒼し 旅人のわれに目をこせ蓬摘み 恋ひこひし蓬つむ子の遠ざかる [#ここから2字下げ] 珠洲の海 [#ここで字下げ終わり] 田植雲漂ひ消ゆる珠洲の海 珠洲の海かぎろひ燕ひるがへる 珠洲人やしぶきをあげて苗投ぐる 珠洲人の苗籠のあり捨つるごと [#ここから2字下げ] 金沢の名菓を贈らる [#ここで字下げ終わり] うすよふのほごれ涼しき長生殿 浦々の水底見えて能登太郎 暁の蝉がきこゆる岬かな [#ここから2字下げ] 海妖 [#ここで字下げ終わり] 泳ぎきて閑かなりけり沖の岩 泳ぎ子の去んだる岩の沈みけり 遊船の纜海をあがり来る 岩と波語らうを聞く涼み船 汐さして葛撫子の勢ひけり 遊び舟しばし真葛に維ぎけり [#ここから2字下げ] 六月三日中島村行 [#ここで字下げ終わり] 邑知人のゆきゝ隠るゝ蕗畑 独り植ゑひとり上れる深田かな 月見草大輪能登の夜をありく 一輪のおそき牡丹を海女がさす 白鷺にあなどられつゝ深田植 蠣殻の浦々かけて五月闇 奥能登や山吹白く飯白し [#ここから2字下げ] 六月四日輪島町に旧端午を迎ふ [#ここで字下げ終わり] 外海の白波見ゆや竹の秋 河豚ばかりあがれる海の薄暑かな 石採りの石を落すや鯖の海 鯖の海東海に似て石見ゆる 大浪の中に底見ゆ鯖の海 底見えて能登の浦曲の竹枯るゝ 鯖寄るや日ねもす見ゆる七ツ岩 粽結ふ一束の笹深山より 河豚ばかり寄せくる風に菖蒲葺く [#ここから2字下げ] 六月五日輪島町にて [#ここで字下げ終わり] 夏山や鯖の海より色濃くて 僧が買ふ鯔の敷きたる笹青し 能登を越す西風つよし粽※[#「睹のつくり/火」、第3水準1-87-52]く 鯖寄るやあけくれ黄ばむ能登の麦 [#改ページ] 秋 囮かけて能登宝達は安らけし 箒木に月の家つゞく秋の海 [#ここから2字下げ] 山中温泉 [#ここで字下げ終わり] 紅葉林湯女の唱歌の聞へけり 高々と萌黄の空に夕紅葉 湯女暗し紅葉の下の径に遇ふ [#ここから2字下げ] 河北潟月見 [#ここで字下げ終わり] 蚊一つを訴ふるなり月の客 月見舟一すぢの藻の懸りけり 月の水医王あらはに漕ぎ出づる 鴫下りし音に目ざめつ月の酔 鴫下りし月の浅瀬を渉る ※[#「竹かんむり/奴」、第4水準2-83-37]の上を漕ぎまはりけり月見舟 月の江や舟より長き※[#「竹かんむり/奴」、第4水準2-83-37]を揚ぐる ※[#「竹かんむり/奴」、第4水準2-83-37]は沈む静かに月の水の面 月見舟くゞりし橋を渡りけり 珊瑚珠をつけし下げ緒の捨扇 鳥屋の径熊笹そめて夜明けたり 大榾にほてりて赤き鳥屋親子 掻き立つる人もあかるし狩屋の炉 [#ここから2字下げ] 海女の口笛《をそ》 越前雄島村にて 六句 [#ここで字下げ終わり] はるかなる秋の海より海女の口笛 白々と海女が潜れる秋の海 秋風に海女の襦袢は飛ばんとす 編みかへす海女の毛絲に秋白し 秋晴や繻子の襟かけ雄島海女 天高し海女の着物に石を置く [#改ページ] 冬 大なるが滑り出にけり鱈の山 [#ここから2字下げ] ある年の十一月其月会の席上より金沢市なる宝円寺の句会に誘はる、席に大谷句仏氏あり [#ここで字下げ終わり] 礪波越すあはたゞしさよ幾時雨 鰤網をこす大浪の見えにけり 鰤の尾に大雪つもる海女の宿 鰤網の見えて港に入りにけり よき布団目鼻あらはに覚めてあり 浪割るゝ水平線に能登の雪 くゝたちに見る/\積る吹雪かな 遊び女も海女も閉しぬ冬の海 寒凪やタブの影おく海鼠の江 棹立てゝ船を停むる海鼠掻き 珠洲の海の高浪見るや海鼠かき 寒凪や銀河こぼるゝなまこの江 能登人にびよう/\として吹雪過ぐ 日短かし青貝のごと河北潟 [#ここから2字下げ] 中島村泊り [#ここで字下げ終わり] 寒卵かゝらじとする輪島箸 白紙に一と握りづゝ舳倉《へぐら》海苔 能登の海鮟鱇あげて浪平ら えり巻を外せばしるき能登言葉 方寸の鰤のてり焼きうちかさね 倶利伽羅の西にまはりし冬日かな 鴨たてゝ再びねむる野山かな 実|海桐《とべら》をくゞる時雨の響きけり ユヅリハもアスヒも触るゝ冬の山 汐干ひて干潟につゞく枯野かな 探梅の人が折り行く岸の芦 探梅の人がのぞいて井は古りぬ 底本:「現代俳句大系 第八巻」角川書店    1972(昭和47)年11月10日初版発行 底本の親本:「能登蒼し」辛夷社    1950(昭和25)年10月15日発行 ※序文及び後記は省略した。 入力:小川春休 2009年5月9日公開