龍雨句集 増田龍雨 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)御燈《みあかし》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)南風|薔薇《さうび》ゆすれり [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数) (例)※[#ローマ数字1、1-13-21] ------------------------------------------------------- 新年 まなかひに暗き浪間や初日の出 外套を掛けし俥の初日かな 御降や嘴を抱ける都鳥 御降に濡れ葉落せる庭木かな 御燈《みあかし》によき元朝のけしきかな 年立や格子の前の薄氷 初春や美蝶がつくる梅の花 はしら酢や小正月なる客二人 大雪の中戻り来し賀状かな 年玉の熨斗をえらぶや盆の上 俵重ね足袋清浄と白きかな しづり雪吉書の筆に応へけり ひとり突く羽子なれば澄みつくしけり 輪飾や鏡中雪の降りしきる 暮早に閉す門なる飾かな 繭玉や霞むと見えて雪催ひ 獅子舞も七草過ぎのすがたかな 初荷船囃し立てたり牡丹雪 惣立に福引の客帰りけり 霰ふると思ふ空かな初竈 弾初にあかり立てゐる炭火かな 初芝居三吉賽を振りにけり 盃洗の水祝ひけり箸の先 鬼北に面テ打たれて藪入子 藪入に暁空の青きかな 合ひ算とおぼしき音や店卸 初観音韋駄天堂も詣でけり 仲見世や初観音の雪の傘 初辰の水を上ぐるや凧の中 鷽替の寒き鯉汁たうべけり 明けそめて熱き炬燵や初雀 氷張る寒さの歯朶にこたへけり 楪に橙色を流しけり 千両の実の凍てやうや福寿草 [#改ページ] 春 春霜や池のちりなる巻煙草 春雨や高音のあとの籠の鳥 春雨の晴口見ゆれ澪標 [#ここから2字下げ] 鎌倉にて [#ここで字下げ終わり] 又こゝの松に御墓や東風の中 [#ここから2字下げ] 葉山にて [#ここで字下げ終わり] 崕下の浪の夕日や東風の中 [#ここから2字下げ] 菊五郎の鏡獅子を見て [#ここで字下げ終わり] 袖袂東風すさまじくなりにけり [#ここから2字下げ] ひとの家にて [#ここで字下げ終わり] 敷松葉上ぐるに東風の強きかな 霞立つ大商人の普請かな 春雷にさし汐早き干潟かな つくばひに又くる蝶や花曇 水ぬるむ底ぬけ舟の内外かな [#ここから2字下げ] 木場 [#ここで字下げ終わり] 角材堀《かくぼり》は※[#「魚+與」、第4水準2-93-90]手長の水ぬるむ 草山を春田へ下りる鳥居かな 早春の夕富士消ゆる寒さかな 家引て残れる庭の二月かな 如月やうすむらさきの蜆殻 [#ここから2字下げ] 舟中 [#ここで字下げ終わり] 麗かや水に押さるゝ掌 春暁や筧二つの同じ音 春暁の雀の中の目白かな 浅草寺扉しめたる朧かな 朧夜や洲崎へつゞく木場の水 朧夜の学校に用ありにけり [#ここから2字下げ] 府中 [#ここで字下げ終わり] 町中や大木並ぶあたゝかに 畑の桐同じ高さにあたゝかし 平間寺春行く屋根と仰ぎけり 蝦蛄剪つて濡るゝ鋏も春深し 初午や灯ともしごろの落椿 針供養宮戸座裏の深雪かな 文弥忌の燭台二つ三つかな 山幕にうつる焚火や二の替 灯ともせば天井高き雛かな 闇深き雛の座敷を通りけり 官女雛は仕丁雛は夕つくりけり 入学の今日の人の子我子かな 入学試験最中南風吹きにけり 燕をよびし汐干の人出かな 踏青の人寄る窓を閉めにけり 身に寒き仕立下ろしや凧日和 揚がる中に尾長き凧や庭の空 枯山や昼三日月と凧 石鹸玉格子もぬけず消えにけり 冷え/\と春なつかしや桜餅 四五人の月夜となりぬ梅若忌 猫の子は壁の隅々廻りけり 猫の子の襖あけよと鳴きにけり 鶯やあとなき雪の濡れ木立 早雲寺道夕鶯をきゝにけり 燕に海の光りの映りけり 生甲斐に今日の法事や燕飛ぶ 雲雀野の道墓原へつゞきけり [#ここから2字下げ] 小台のほとりにて [#ここで字下げ終わり] はした女の漕ぎ出し舟や揚雲雀 囀りは山の向ふへ移りけり 一色にげんげ咲きけり百千鳥 雀孕むこのごろの身のいとまかな 羹の白魚にありし尾鰭かな たちまちに目刺焼く火の起りけり 蝌斗の水三月の雪降りにけり ひとりなら小唄で居ろと啼蛙 蛙鳴きそめたり垣を結ふ心 くらしよき今年とおもふ蛙かな 半蔵門蝶々飛んでゐたりけり 蜆舟雨に傾きつくしけり から風に桝乾きたる蜆かな 桶の蛤夕汐遠く呼びにけり 雪降りしあとの寒さや浅蜊汁 親子三人風邪声寄せて浅蜊汁 彼岸から続く日和や田螺取 草の芽に車の油滴りにけり [#ここから2字下げ] 浮間が原にて [#ここで字下げ終わり] こどもの眼皆うらゝかに桜草 土堀[#ママ]れば菜の花倒れかゝりけり 木の芽垣砂山の風とゞめけり 青柳やさびしく通る花見船 連翹にかたまり行くや雀の子 蕾かたき梅に竹山颪かな 撒水車境内巡る桜かな 田甫から風吹上ぐる桜かな ふりしきる雨のいとまの落下かな 大風の落花の廊下掃きにけり [#ここから2字下げ] 夜桜のよし原を通りて [#ここで字下げ終わり] 花さかぬ枝々しげし大南風 [#ここから2字下げ] 衰へは [#ここで字下げ終わり] まぼろしにわが墓みゆれ花の中 蠅とびて花も末なるつゝじかな [#ここから2字下げ] 晩春海苔採る業を一様にきり上ぐる日あり、これを笊はたきと云ふ [#ここで字下げ終わり] なつかしき昨日の海や笊はたき [#改ページ] 夏 夏影や写真機据ゑし庭の中 朝曇白足袋はいて出でにけり 新緑の寺の電話を借りにけり [#ここから2字下げ] むかしより三社の氏子が家にはこの木実ることなしと云ふ [#ここで字下げ終わり] 南天のみなあだ花や雲の峰 薫風や早瀬にそへる茄子畑 手拭を浴衣に縫ふやはたゝ神 乳草を折りてもみたる旱かな 干しものに蝉うちあたる旱かな すさまじく清水湧くなり雨の中 草津の温泉夏野の末へ落ちにけり 暮々に三日月落ちし青田かな 闇深き青田おもほゆ泊りかな 朝の間の雲みな消えし青田かな かつみ咲く沼のあたりの青田かな [#ここから2字下げ] 鎌倉にて [#ここで字下げ終わり] 七月の夜明の浪や垣の外 沖ぼろに夏至の小雨や脚立釣り [#ここから5字下げ] 「沖ぼろ」は刺し縫ひしたる漁着を云ふなり、と浦安にてのことなり [#ここで字下げ終わり] [#ここから2字下げ] 浅川駅にて [#ここで字下げ終わり] 町両側流るゝ水も薄暑かな [#ここから2字下げ] 箱根にて [#ここで字下げ終わり] 草むらの中の荵の薄暑かな 墓原や墓の暑さの身に移る 細々と杉に雨ふる大暑かな 大木のおよそ涼しき細枝かな 波立てゝ生簀涼しや闇の中 涼しさや筧の下の椀茶碗 日盛りや祭の聯の小買物 銀行の窓の葭戸や日の盛り 日盛りやみな江の島へ寄せる浪 炎天や蛙鳴きゐる寺の中 噴水に短夜の風落ちにけり 二階から下ろせる膳や明易し 飯びつに又乗る猫や秋隣 夕べ遊ぶこどもの声や秋隣 雨だれの間遠になりぬ夜の秋 門辺なる井筒うれしき祭かな 浜方に雲立昇る祭かな 蝙蝠の夕べとなりし祭かな 灯して闇なつかしき祭かな たぐひなき嵐となりぬ富士祭 樽神輿髪洗橋渡り行く 盂蘭盆や暮れて猶啼く蝉一つ 鰌売盂蘭盆近くなりにけり 盆礼やおしろい厚き女の子 青簾かけたり此日業平忌 幟立つる日皆端近に在りにけり 沖津風こゝ渡り行く幟かな 香水や日の照りまさる身の廻り 更衣仏間はものゝなつかしき 夏羽織暁靄に着たりけり 一重足袋日の頂上を履きにけり 夏帽に兄弟面テ並べけり 山中の静けさありぬ夏座敷 [#ここから2字下げ] 塩原にて [#ここで字下げ終わり] 真夜中や蚊帳を圧しくる滝の音 池水の涼しさうつる蚊帳かな 土砂降に祭つぶれし蚊帳かな 花氷盛夏の綺羅に相映ず 今年亦|出水《みづ》に住むべき蚊遣哉 吹きぬけてさびしき風や蚊火の宿 [#ここから2字下げ] 田舎源氏 [#ここで字下げ終わり] 元結の紫匂ふ蚊やりかな 行水やつまくれなゐの一ト並び 打水や天《そら》より下りし蝶一つ [#ここから2字下げ] 三社祭 [#ここで字下げ終わり] 水打つや早き宮出し伝へつゝ 晒井や簾しづかに二三軒 三味線を弾く二階ある泳ぎかな 霍乱や関の清水は草の中 燈籠やみな動きゐる夜の雲 [#ここから2字下げ] 片瀬川にて [#ここで字下げ終わり] 南無妙法蓮華経流燈に浪立ちにけり 遠浪の聞えそめたる踊かな 二三人膳をはなるゝ扇かな [#ここから2字下げ] 芥川龍之介先生を悼む [#ここで字下げ終わり] 風鈴に閉ぢたる眼とも静かなり 風鈴の音にたつなみ咲きにけり [#ここから2字下げ] 転居して [#ここで字下げ終わり] 風鈴を吊る古釘をさがしけり 置替へる盥の浪や浮人形 水鉄砲芭蕉に載せてありしかな 庭|中《ぢう》の椎の落花や水鉄砲 釣堀や蜻蛉生るゝこのあたり 釣堀の等閑見ゆる手長かな 箱釣の鯰は梅雨のすがたかな 鮎料理夜空は秋のけしきかな 洗ひ鯉日は浅草へ廻りけり 襖みな明けしひろさや粽解く 柚の花を浮べて澄みぬ冷し汁 瓜もむや灯影の末の涼しさに 冷奴今日るすの子の茶碗かな 水捨てる音の夜深し氷店 めりんすの帯のあやめや氷水 白玉や母の代からの砂糖壺 ひや/″\と古き萩戸や道明寺 組あげや双蝶々二人ぎり 簀屏風に柳垂れたる夜店かな 蝙蝠や蔵のあひだの隅田川 遠く引く浪のいとまや時鳥 [#ここから2字下げ] 粕壁藤花園 [#ここで字下げ終わり] 葭切の簾掛けよと啼きにけり 冷々と舌に載りけり初鰹 金魚玉日盛り移りそめにけり 山王の蝉をゆくてや金魚売 江の島の往来せまし蝉しぐれ 闇にある噴井の音や灯取虫 葭戸しめてあまりひそかや枝蛙 山浅きけしきに走る小蟹かな 夏草や夜明の雲の動きそめ [#ここから2字下げ] 是政、柏葉居にて [#ここで字下げ終わり] 畑から飛びくる蠅やトマト剥く 昼顔の露けき墓のうしろかな [#ここから2字下げ] 浅草寺の四万六千日詣は七月九日、十日なり。 この両日のうち例年雨の降らざることなし [#ここで字下げ終わり] 千生酸漿《せんなり》の雨の雫を思ふかな [#ここから2字下げ] 芥川龍之介先生を悼む [#ここで字下げ終わり] 百合の中まことに眠りつゞけけり 草庵の砂糖涼しき苺かな [#ここから2字下げ] 二荒旧道 [#ここで字下げ終わり] 木雫の荵を打ちて日ありけり 夏野越茨の白さをたのみかな [#ここから2字下げ] 富士市 [#ここで字下げ終わり] 薔薇並ぶうしろの湯屋の暖簾哉 夾竹桃夕立返すけしきかな 紫陽花の枯るゝ葉はとく枯れにけり ふきぶりになりたる青き芭蕉哉 かきつばた咲きけり草は茂りそめ 庭こぶに筍の土残りけり 霖に漂ひ咲ける牡丹かな 長雨のあとの暑さや花葵 茂り藻の別れ馴れたり舟の道 [#改ページ] 秋 秋の日の消えたる滝の面テかな 月の下砂山松の嵐かな 姉妹の弾く三味線も月見かな 茫々と薄雲寒き良夜かな [#ここから2字下げ] 偶感 [#ここで字下げ終わり] 人の罪人は知らざる月夜かな 待宵やしばらく広き家の中 十六夜や西風強き一としきり 柿落る音して月は無かりけり ぬけうらにある稽古所や十三夜 稲妻やまのあたりなる種芙蓉 吊捨てに枯るゝ荵や稲光り 寄せ打になる網舟や秋天下 火に落る鮎のあぶらや秋の風 とも釣りの囮の鮎や秋の風 秋風や子につれられてたなご釣り [#ここから2字下げ] 震災の焼原を辿りて [#ここで字下げ終わり] いたづらに晴れゐる富士や秋の風 昨日今日鰹みえたり秋の雨 秋雨の次第に強き簀垣かな 霧の月湖まんなかに夜々ありぬ はる/″\と牛乳《ちゝ》配り来ぬ露の宿 [#ここから2字下げ] 亡き父の友を玉川のほとりに訪ふ [#ここで字下げ終わり] 一挺の三味線ありぬ露の宿 [#ここから2字下げ] ひとに送る [#ここで字下げ終わり] 水性の十九はさびし天の川 [#ここから2字下げ] おせんころがしにて [#ここで字下げ終わり] 秋の海へ崖道乾きつくしたり 秋汐の静かさ鰒のかゝりけり 階子段吹下ろす風や今朝の秋 八月や潮の下の岩畳 長月の竹をかむりし草家かな [#ここから2字下げ] 百花園にて [#ここで字下げ終わり] 萩芒二百十日の暑さかな 月光に閉ぢて夜長の戸なりけり むら萩に落ちたる風も夜長哉 月遅き垣根の草の夜長かな [#ここから2字下げ] 勝浦にて [#ここで字下げ終わり] 新涼の家々蚊帳をつりにけり 秋涼し花せんざいの百姓家 冷かや咲て久しき畑の菊 冷かなゆきゝとなりぬ寺の中 [#ここから2字下げ] 田端竹むらにて [#ここで字下げ終わり] やゝさむやどの窓からも雨の竹 [#ここから2字下げ] よし原 [#ここで字下げ終わり] 良寒や不二河内屋の宵構へ 露寒の日あたる蚊屋を出でにけり 林泉の水に音なき夜寒かな 菊人形既に夜寒の姿かな 寄席にゐて身の翌日思ふ夜寒かな 行秋の日和を高き堤かな 七夕や俥も古りしゆふながめ 大演習出水の稲を踏渡り [#ここから2字下げ] 区劃整理 [#ここで字下げ終わり] この柳あすなき海※[#「羸」の「羊」に代えて「虫」、第4水準2-87-91]を廻しけり 角力取露けき旅をつゞけけり 八朔の飯のかをりや角力宿 旅人も見ゆるちり端や草角力 読書の火残して妻子寐たるかな いそしめば我れたのみある夜学かな 機械みな靄を持ちゐる夜業かな 鐘楼の下の長屋のよなべかな 落穂載せし今日を扇の納めかな 落し水滔々と秋尽るかな 水落とすより身に添へる布団哉 二百十日二百二十日の案山子かな 啼立つる蝉のあはれや新豆腐 身に匂ふ古葉朽葉や墓参り 素堂忌に深川遠き祭かな 旅人に消えてあとなき花火かな 花火ありし砂原へ船上りけり 夕べともなき青天の花火かな ふところへさす日も秋や鳥渡る 山雀や芸に飼はれて籠の房 虫の闇桐の葉白く見ゆるかな [#ここから2字下げ] 誕生寺 [#ここで字下げ終わり] すぐやみし汐先雨や秋の蝉 三囲にすこしある田の蜻蛉かな こすもすの空へ消えたる蜻蛉かな 蜻蛉や多摩の横山どこまでも 大空の静かさ移る蜻蛉かな [#ここから2字下げ] 戦場ケ原にて [#ここで字下げ終わり] 蜻蛉とまる薊の一つ一つかな 黒とんぼ稲の葉末にとまりけり [#ここから2字下げ] 勿来ケ浜にて [#ここで字下げ終わり] 濤音や陸稲の中のきりぎりす 錠さしてるすの格子や河鹿鳴く [#ここから2字下げ] 病床 [#ここで字下げ終わり] 末枯の夕焼うつる布団かな [#ここから2字下げ] 松艶女を悼む [#ここで字下げ終わり] かなしさやことしの秋の白芙蓉 軒深に日和明りや菊の花 二日荒れて庭乾きたり秋海棠 宵闇やコスモス花を咲揃へ 池の辺は株立つ萩に掃かれけり 朝※[#「兵」の「丘」に代えて「白」、第3水準1-14-51]に川浪高き寐覚かな 朝※[#「兵」の「丘」に代えて「白」、第3水準1-14-51]や夜明の蜻蛉一つ飛ぶ [#ここから2字下げ] 十二階とともに今はなきものゝ一つ [#ここで字下げ終わり] 朝※[#「兵」の「丘」に代えて「白」、第3水準1-14-51]や六郷さまの曰窓 [#ここから2字下げ] 十二社にて [#ここで字下げ終わり] 三味線の音に枯れ急ぐ芒かな 満月のあしたの花の桔梗かな 庭石に紅葉の雨の寒きかな ゆで栗や十夜と云へば霧深く 柿くふやなよし数へし手ともなく 洪水《みづ》あとの泥にしたゝか木の実かな [#改ページ] 冬 道の辺の噴井に落る北風かな 木枯や寺の襖のみな動く [#ここから2字下げ] 隅田のほとり [#ここで字下げ終わり] 釣竿屋硝子戸しめて寒の雨 今日冬のしぐれかゝるや送り膳 花市のあと掃くころのしぐれかな 蓋置の竹の青さや初しぐれ [#ここから2字下げ] なつかしきひとの日 [#ここで字下げ終わり] 三味線を引く忌日なるしぐれ哉 時雨るゝや格子のうちの炭俵 砂山にぬるゝ草ある時雨かな 高浪の砂引く音やむらしぐれ 遠チ方の松にあつまるしぐれかな しぐるゝや上手の撞ける球の音 [#ここから2字下げ] 橋場をわたりて [#ここで字下げ終わり] 雪ふるや袖の下なる夜の潮 井戸深く雪のふりこむ日暮かな 初雪や袴重ねし乱れ箱 寒鮒の籠も秤も粉雪かな [#ここから2字下げ] 知秀新婚 [#ここで字下げ終わり] 和らかに雪つむ牡丹思はしむ 普請さなか南天に霜ふかきかな ほがらかに日の暮れかゝる枯野かな [#ここから2字下げ] 汽車にありて [#ここで字下げ終わり] 燈ともりて那須の枯野にかゝりけり [#ここから2字下げ] 鎌倉なにがしの別荘にて [#ここで字下げ終わり] 畳さし二人並びて師走富士 短日や畳廊下の花の屑 [#ここから2字下げ] 築地小劇場に「大寺学校」を見る [#ここで字下げ終わり] とりわくる皿の寒さや送り膳 [#ここから2字下げ] 肖雲老人を悼む [#ここで字下げ終わり] 俳諧に残る律儀の寒さかな 寒き夜や子の寐に上る階子段 初冬や障子のうちの晴曇 さびしさや師走の町の道化者 かんばしき薬のみたる冬至かな うすらひに散る葉もあらぬ冬至かな 凍鶴のうなじも見えず立てりけり [#ここから2字下げ] 忠臣蔵大序 [#ここで字下げ終わり] 凍蝶のすがたに並ぶ素袍かな [#ここから2字下げ] 堀切橋にて [#ここで字下げ終わり] 凍雲や芦は枯穂を打そろへ 起出でゝ手紙かくなり年の暮 行年や夕日あつまる渡船中 行年の翌日あく芝居灯しけり 春待つや紙一しめを違ひ棚 墓原に育ちし犬や春隣 町中や庭持つ寄席の畳替 いとし子を神護ります蒲団かな 眉埋めて闇ぞうれしき蒲団かな 満ち汐の静けさに寐る蒲団かな えりまきや宮も鳥居も風の中 [#ここから2字下げ] 年賀の人々大方なつかしき中にも [#ここで字下げ終わり] 襟巻や鼕々梅屋金太郎 風邪心地燃ゆる暖炉をみまもれる 炬燵して灯のあかるさに眠りけり 内海の日和炬燵へかよふかな 信心はさめることなき湯婆かな 川音をたのしむ夜の火桶かな 夕浪に店ともりけり炭問屋 炭の馬伊香保の町につゞきけり 花活けて面テさやかや炭をつぐ [#ここから2字下げ] ひとのつまに [#ここで字下げ終わり] 炭つぐや世帯くるしき座りざま 埋火は灯の明るさに消えしかな 埋火や蕪村忌すぎて年もなく 塊の燃えもするなり榾の中 水鳥にしばらく火事の明りかな 奉公にある子を思ふ寐酒かな 湯豆腐や手紙の返事二タ下り 蒸鮓に立てゝ寒さや膳の脚 餅の臼ぬらしそめたるうれしけれ 五六日半鐘きかぬ柚子湯かな 竹馬やうれしさ見える高あるき 寒取の身を早天にたのむかな 寒取や土俵箒の掃き応へ 寒取や柱のかげの風邪の神 寒取や艱難見ゆる束ね髪 厄まけのことしうたてや木の葉髪 [#ここから2字下げ] 堀立住居 [#ここで字下げ終わり] 焼原の夕日の末や茎の石 茎漬や髪結へば雪ふるといふ 豆まきやこどもの蒲団敷き並べ 霜除にぬれさぎ白き障子かな つくばひに充たせる水や敷松葉 梅の花木場の書出し届きけり 又しても火事日暮里や酉の市 襟巻を買ひおろしけり酉の市 いたづらに遅き月出ぬ大頭 [#ここから2字下げ] たけくらべを思ふ [#ここで字下げ終わり] あらば世にみどりいくつぞ酉の市 寄席の戻りべつたら市へまはりけり 今宵彼の庚申にもや近松忌 寒鮒を釣りたる雫一つかな 寒鯉や浅き生簀に脊を並べ 河豚の友時をうつさず集ひけり 枯蔦や昨日に過ぎしクリスマス 極月のどこの社も落葉かな 寒梅や角力の家の朝げしき 薄き日の濃くなる道や冬椿 枯柳節季の雨にぬれにけり 底本:「現代俳句大系 第一巻」角川書店    1972(昭和47)年4月10日初版発行 底本の親本:「龍雨句集」春泥社    1930(昭和5)年10月5日発行 ※久保田万太郎による序文及び自跋は省略した。 入力:小川春休 2009年5月7日公開