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日本は、明治の50年間で小さな島国から世界の一流国にまで躍進しました。
その物語は、そのまま海軍の歴史でした。 海軍は、日本民族の誇りでした。
江田島の海軍兵学校「教育参考館」は、海軍の栄光と 先人の偉業をしのぶ歴史的な資料を収蔵した いわば海軍の聖堂でした。
いまは、海上自衛隊にひきつがれ 広く一般にも公開されています。
正面がギリシャの神殿を思わす館内に入り 2階に上がります。
階段正面には、軍神として 諸外国にも広く語り継がれている 東郷平八郎 元帥の
遺髪が納められている 石造りの聖殿があります。
「東郷平八郎」元帥は、対ロシヤとの日本海海戦において 敵艦隊を壊滅させロシヤ
の野望を はばんだ日本海軍の連合艦隊司令長官でした。
2階資料室には、「日本帝国海軍」の戦史資料が展示されています。
海軍の第一戦は1894年(M27)の日清戦争(対 中国)、第二戦は1904年(M37)
日露戦争(対 ロシヤ)でした。
日清戦争において東洋一の清国艦隊を、日露戦争においては世界の列強国で
あったロシヤの極東艦隊とバルチック艦隊を全滅させ 国運をかけた2度の海戦を
勝ち抜いた 明治海軍の戦史資料は、燦然たる栄光の歴史です。
第三戦は1941〜1945年(S16〜20)の太平洋戦争でした。
敵対国はアメリカ、イギリス、中国、そしてオランダ、最後はロシヤも不可侵条約(両国間の不戦の約束)を一方的に破棄して参戦してきました。
この戦に敗れた昭和海軍の戦史資料は、緒戦でハワイに突入した
「特殊潜行艇」 そして「回天」「神風」とつづく、特攻隊員の悲壮な、遺書、
遺稿の数々です。
二番目の展示室には、大理石盤三枚の「海軍特別攻撃隊銘碑」が掲げてあります。 碑には、太平洋戦争において、祖国防衛のため肉弾となって
散華 し全軍に
布告された海軍特攻隊員 二千六百三十三名の 御芳名が 聖徳太子御親筆の法華経の中
から選び出した文字で刻まれています。
特攻隊員の遺書は、三番目の展示室に出身県別に仕分けして展示されています。
順路にそって1階に降りると、往時の海軍兵学校の面影や 入校生総員の足跡を 偲ぶことができます。
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